重村智計(早稲田大学名誉教授)

 北朝鮮が5月14日に新型ミサイルを発射した。同じ日に、中国の習近平国家主席が世界に呼びかけた経済圏構想「一帯一路」の国際会議が北京で開かれた。ミサイルは中国の威信を汚した。南北首脳会談に積極的な韓国の文在寅大統領もメンツを潰された。北朝鮮は、中韓の指導者をコケにする強気を示したように見える。一方、ミサイル発射に合わせ、米元国連大使と北朝鮮外務省局長の非公式接触も行われたという。弱気に揺れる指導者の悩みが浮き彫りになった。

 トランプ米大統領は、北朝鮮指導者の扱いを熟知している。得意の「誇大表現」で「核施設を限定攻撃する」と思わせ、金正恩委員長を追い詰めた。米韓の情報機関は、金委員長が野外で行われる式典に姿を見せるのは、暗殺を心配する金委員長の「影武者」との情報をひそかにリークし、「弱気な指導者」を演出している。

 北朝鮮は、「ソウルを火の海にする」などの過激な表現で、周辺大国を不安に追い込み、譲歩を得る手口を得意とする。ところが、トランプ氏がその「口先攻撃戦略」のお株を奪い取ってしまった。「北朝鮮は米国の安全保障にとって喫緊の課題だ」と強調し、金委員長を弱気にさせ、核実験を見送らせたのである。

 トランプ氏は、習氏に「核実験をすれば、必ず限定攻撃する」と北朝鮮に伝えるよう求めたという。北朝鮮が中国に「4月20日に核実験を行う」と伝えた、との報道がある。中国は「トランプ氏は核実験施設を限定攻撃する」と強く警告した。
4月29日、米ペンシルベニア州出行われた支持者向け集会で登壇したトランプ米大統領(ロイター=共同)
4月29日、米ペンシルベニア州出行われた支持者向け集会で登壇したトランプ米大統領(ロイター=共同)
 核実験は見送られたが、これでは金委員長の軍へのメンツは丸つぶれだ。4月15日の金日成主席の生誕105周年と、25日の朝鮮人民軍85周年の記念すべき日の前に、核実験もミサイル実験もできず、「トランプと習近平に脅された弱気の指導者」とみられてしまう。指導者に対する軍の信頼が揺らぎ、威信が傷ついた。

 だからこそ、軍は指導者に新型ミサイルの実験を求めた。ミサイル発射は4度も失敗していた。北朝鮮では、担当者同士が横の連絡を取るのは禁止だ。軍は、米中首脳会談の内容や韓国大統領の対話策はもとより、米朝接触などの日程を知らされていないため、外交当局の弱腰に反発し妨害する。この平壌のポリティクス(政治)がわからないと、北朝鮮の行動は理解できない。

 トランプ氏の「金委員長弱気作戦」の始まりは、2月の日米首脳会談であった。安倍晋三首相は、トランプ氏に北朝鮮がいかに小さな国であるかを説明した。北朝鮮は世界最低の「石油最貧国」で、年間の石油輸入量はわずか50万トンだ。安倍首相は、石油供給を止めれば軍隊は崩壊すると述べ、「対北石油禁輸」戦略に中国を巻き込む必要を強調した。トランプ氏は米中首脳会談で習氏に「対北石油禁輸」を求めた。

 信じられないだろうが、北朝鮮の国家予算は公式レートで計算するとわずか80億円、韓国銀行の推計でも約8000億円しかない。