韓国に言論・報道の自由はあるのか-。朴槿恵(パク・クネ)大統領に関するコラムをめぐり、産経新聞の加藤達也前ソウル支局長が名誉毀損(きそん)で在宅起訴されてからまもなく1カ月。当初からこの問題に深い関心を持ってきた作家の佐藤優さんと加藤前支局長に手紙を交わしてもらいました。ともに国策的な捜査で国家権力と対峙(たいじ)する経験をした2人の往復書簡からは、自由や民主主義の価値観を共有できない韓国の姿が浮かび上がります。

≪往信≫作家・佐藤優氏

理解できない起訴「文学世界のような不条理」


 加藤達也さま、初めてお便りします。私は作家の佐藤優と申します。もっとも当初から作家になることは考えていませんでした。2002年の鈴木宗男事件に連座し、東京地検特捜部に逮捕されるまでは、外務省で対ロシア外交と情報分析を担当していました。
 加藤さんが、韓国政府から受けている理不尽な取り扱いを目の当たりにして、手紙を書きたいという衝動を抑えられなくなりました。私は産経新聞を毎日読んでいます。加藤さんの韓国や北朝鮮に関する記事はとても水準が高く勉強になります。韓国の政府見解だけでなく、マスメディア、民衆の動静についてのきめ細かい報道を加藤さんは心がけていました。外交官や新聞記者は、自分が駐在している国のファンになります。もちろん、わが国を含むどの国にも、よいところもあれば、そうでないところもあります。しかし、そのような善悪を超えて、駐在している国に対しては特別の愛着がでてきます。

 私は、1987年8月から95年3月まで、モスクワの日本大使館に勤務しました。ロシア人に生涯の友がいます。同時に不愉快な事件に巻き込まれたことも何度かあります。ソ連末期、リトアニアで、しびれ薬入りのウオトカを飲まされたことがあります。リトアニアの友人から、「佐藤さんが独立派要人に深く食い込んでいるので、ソ連維持派が、『いいかげんにしろ』と警告したのだろう」と言われました。

 新生ロシアになってからも、私の行っていた北方領土関連のロビー活動が、一部のロシア当局者の逆鱗(げきりん)に触れ、クレムリンのそばで交通警官の制服を着た者に殴られたこともあります。 そのときも大統領府高官、有力下院議員、露外務省高官が、私が抱えたトラブルが日露関係に悪影響を及ぼさず、しかも私が国外追放にならないようにリスクを負って努力してくれました。

 加藤さんは、韓国検察から不当な取り扱いを受けていますが、このような状況をおかしいと思っている韓国のジャーナリスト、大統領府高官、国会議員、外交官もたくさんいると思います。こういう人たちの声はなかなか日本に伝わってきません。しかし、加藤さんが韓国でも孤立していないことが私にはわかります。

 加藤さんが現在置かれている状況は、「文学的」だと思います。古くはドイツの作家フランツ・カフカの小説『審判』(1914~15年執筆)、比較的最近ではアルバニアの作家イスマイル・カダレの小説『夢宮殿』(1981年)をほうふつさせるような不条理な状況に置かれています。

 8月3日に産経新聞のウエブサイトに署名入りで書いた「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」という記事を私は何度も読みました。なぜこの記事が朴槿恵大統領に対する名誉毀損にあたるのかが、私にはまったく理解できません。旅客船セウォル号が沈没した4月16日に大統領の所在がはっきりしなかったことが韓国の国会でもマスメディアでも大きな問題になりました。大統領が男性と会っていたという噂があるということを韓国紙のコラムなどを引用して加藤さんは日本語で日本向けにコラムを書きました。この程度の内容を理由に新聞記者に刑事責任を追及するというのは常軌を逸しています。それに、米国、ロシア、ドイツの記者が同じ記事を書いたとしても韓国当局はこのような対応をしなかったと思います。

 そもそも加藤さんが引用した韓国紙の記事を書いた記者は起訴されていません。明らかに日本のマスメディアが狙い撃ちにされています。

 この問題は、韓国の国家権力が加藤さん、産経新聞に対してかけた弾圧にとどまらず、日本のマスメディア、記者、「もの書き」全員(そこには私も含まれる)に対する挑発と思います。

 加藤さんを在宅起訴したことによって、韓国は報道の自由を保障できない国際基準での標準的価値観を共有できない国であるという認識が拡大します。韓国の政治エリートにこのような現実が理解できないはずがありません。もっともわれわれから見て、理不尽にしか思えないこの出来事にも、韓国の現政権にはそれを必要とする内在的論理があると思います。日本と韓国は、自由、民主主義、市場経済という価値観を共有する国です。それにもかかわらず、なぜ韓国検察がこのような理不尽な対応をしたのでしょうか。ぜひ、加藤さんの見立てをお聞かせ願いたいです。


≪返信≫本紙前ソウル支局長・加藤達也

「収拾できぬ政府、もの言えぬ検察」政権の本質


 佐藤優さま、ご丁寧なお便りを頂戴いたしましてありがとうございます。また、私が特派員として駐在した韓国で4年たらずの間に書いてきた記事について、マスメディアや民衆の動静について、きめ細かく伝えようとしてきたことを読み取っていただいたことについても、感謝と敬意を申し上げます。
 佐藤さまについては、東京地検特捜部に逮捕された後、取り調べの応酬を再現して「国策捜査」の真相をつまびらかにした「国家の罠(わな)」など一連の著作の読者としても存じ上げておりました。

 佐藤さまが外交官として、担当地域であるロシア(ソ連)駐在中に受けてきた「不愉快な事件」に比べると、「自由・民主主義国家」である韓国での、現在の私の状況などは身体的な危険も小さく、はるかに幸せな状況であると、改めて感じました。

 この問題は佐藤さまのご指摘の通り、朴槿恵政権が私と産経新聞を弾圧しているにとどまらず日本のマスメディア、記者、そして佐藤さまを含む「もの書き」全員に対する挑発だと、私も思います。

 韓国ではこの事件について、「一国の国家元首の名誉を毀損したのだから、厳しい刑事処分を受けて当然だ」などという主張が現在も幅広く見受けられますが、近代的な民主国家であれば、国家指導者は自身に対する批評や論評を広い心で受忍する態度が求められるはずです。

 産経新聞が現在の韓国に対する厳しい論調をもつメディアであると韓国で認識されていることは、承知しています。ただ、いくら気に入らないメディアであっても、「言論には言論」ではなく、捜査・起訴という公権力の発動をもって応じてしまった事実を、民主主義諸国は決して容認しないはずです。

 韓国のメディアや政治家は「国格」という言葉をよく口にします。「国家の品格」という意味と受け止められているこの言葉は、李明博(イ・ミョンバク)前大統領が2010年11月、ソウルで開かれたG20(20カ国・地域)首脳会合を開催した当時、「韓国は先進国入りした」と宣言して以降、さらに重みを増しました。

 「先進国入りを果たした」韓国にとって、今回の起訴は国家の体面を大きく傷つけることになりますが、検察はなぜ、そんな選択をしたのか。それはこれまでの経緯を見ると分かります。

 私のコラムについて8月5日、大統領府の海外メディア担当の報道官が民事・刑事での法的措置を通告してきました。6日には、検察が告発状を受理しました。政府関係者やメディアの多くはこれを、「朴大統領への忠誠心を示すものだ」と感じたといいます。

 その後、8月に2度の出頭をすると国際世論は韓国を激しく批判しました。

 韓国政府や法務・検察当局に太いパイプを持つ法曹関係者によると、大統領府はこの時点でなお、検察に呼び出して揺さぶれば産経は謝ると読んでいたというのです。しかし、謝罪も訂正記事も引き出すことはできなかった。

 最後の取り調べとなった10月2日、ソウル中央地検の担当検事は私に大統領府との和解について確認し、私が具体的な動きがないことを伝えると失望していました。検察は、大統領本人はおろか、その周辺に「処罰意思の有無」を確認することもできなかったのです。

 法的対応を宣言したものの、事態収拾もできない大統領府、そして大統領府に対してものが言えない検察…。今回の在宅起訴は、朴政権の本質の一端をのぞかせたのではないか-。それが背景ではないか、と思います。