日下公人(評論家)
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くさか きみんど 1930年12月9日生。兵庫県出身。評論家。自由学園、灘高等学校、東京大学経済学部を卒業後、日本長期信用銀行に入行。同行の取締役を経て、多摩大学大学院教授、社団法人ソフト化経済センター理事長、東京財団会長を歴任する。著書は100冊を超える。論客との対談本も多数出版。「博学多識に基づき、的確」「未来を見通す慧眼」「縦横自在にして斬新奇抜な論理展開」「当意即妙にして快刀乱麻の切れ味」には、定評がある。

朝日は赤字で変わるか


  朝日攻撃の時代が急に来たかのように、マスコミ各社が朝日叩きに興じている。まさに「水に落ちた狗を打」が如きだが、その一人に加わるつもりは全くない。私は、朝日が落ち目になる前からキチンと朝日批判をしてきた自負がある。

 慰安婦問題についても、私は96年に『Voice』誌に「『従軍慰安婦』問題の不思議」という文章を寄稿し、売春を前提とした国家による強制連行はなかったと考える理由を述べた。

  これに対し、当時、朝日的な人々からの編集部への抗議の電話も多数あったらしい。だが、慰安婦に関してはそれ以降、付け加えることは一行もない。

  朝日新聞の危機はどこから来たのかといえば「販売の危機」で、これには朝日も問答無用で対応せざるを得ない。日教組や組合を“お得意様”として商売していればいい、という時代がとっくに終わっていたことに気づかなかった。

  私はかねてより、「日本を変えるのは赤字だ」と言ってきた。役所もそうだが、いくら財政危機を言ったところで、役所は予算を取れるだけ取ろうとするもので「赤字になる」までは観念しないものだ。

 私がそれを思いついたのは銀行での経験で、日本長期信用銀行が潰れるまでの間も、私がいくら「このままでは長銀は危ない」と言っても「まさかそんなはずはない」という声が行内の大半だった。内部留保が5兆円もあったからで、いよいよ赤字になってからではもう手遅れだった。

 朝日にも赤字の恐怖が近付いてきたので、小出しに謝ったのがあの8月5日、6日の「慰安婦報道検証」記事であり、9月11日の社長会見だったのだろう。だが、朝日新聞が「なぜこのような事態になったのか」を根本から理解せず、小細工での対処を続ける限り、状況は繰り返されるばかりとなる。

 部数減の原因を根本から調査し、部数増の方策を探さなければならないが、朝日がやろうとしたことは根本的な解決とはほど遠いものだった。景品をつけての購読勧誘に押し紙と、販売店に責任を押し付けて、新聞社の社員たちは自ら動かずともできる小手先の対策に走ったが、偏った報道による部数減は広告減でもあった。

  昔は「健康食品などの広告は載せない。広告も記事のうちで、広告も社会を指導する義務がある」と言っていたが、それが「広告なら何でも掲載」になった。それは読者にはすぐ分かった。新聞1部は40ページだが、そのうちに20ページが広告になった。 

紙面の半分が広告  


 しかし、朝日新聞の広告欄には指導性などどこにもなくなってしまった。

 こんなエピソードもある。

  昔の朝日新聞は、不動産関係の広告を掲載しなかった。そこで安心したのかどうか、「不動産業にはインチキが多い」という批判記事を続けて掲載すると、不動産協会から「広告を出していませんで、すみませんでした」という申し入れがあった。

  その結果、不良業者の摘発は官庁の仕事となって新聞は官庁の尻を叩き、業者からは広告料を取るようになった。

  そうして不動産の広告も朝日に載るようになったが、これにより朝日は「広告を出さない会社は容赦なく叩くことができる」という自由を捨てた。いまも朝日新聞は大口の顧客である自動車会社の批判ができない。

  いつの間にか、新聞広告は健康食品やお年寄り向けの通信販売で溢れている。これはもちろん朝日だけの現象ではなく、地方紙はもっと悲惨で、死亡記事と葬式や墓の広告で溢れる「葬式新聞化」が起こっている。古い読者にだけサービスしているからこうなるのだが、朝日新聞にも葬式新聞化は迫っている。

 朝日新聞の凋落は広告を見るだけでも分かるのだが、経営悪化を広告で取り戻すという路線を変えられないため、いまも紙面の半分が広告になっている。新聞協会が「広告は5割まで」と抑えているからこの程度で済んでいるが、申し合わせがなければいくらでも増えるだろう。

  広告偏重から脱することができないでいると、そのうちに報道力がみるみる落ちていく。広告のための紙面刷新はあっても報道のための刷新はなく、いまだに日教組、労組などの左翼勢力を頼りにして、彼らが喜ぶような記事を載せている。だが、これからもその路線を続けていくのは無理がある。 

報道ではなく政治ゴロ


 以前、朝日新聞幹部にこういったことがある。「新聞は結局、編集長やデスク次第。第一線の記者たちは自分の記事を掲載してもらいたいがために、上の顔色を見ながら上の意見に沿うものを作ろうと、結論ありきの取材をしている。これでは記者の力も部数も伸びないから、時々『一日編集長』を内外から登用して新鮮な紙面を展開するべきだ。 若い記者が取材力を磨き、新しい産業、新しい事業を見つけてくれば、それは未来の広告主にもなり得るのだからやってみなさい」 。幹部は賛成したが、内部の抵抗が強く、実行できなかったそうだ。

  また、ある地方紙の幹部に「なぜ地方をよくするための開発や改善の記事を自ら発せず、衰退を黙って甘受しているのか」と言ったが、相手は黙りこくっている。こちらも黙っているとしばらくして、「……しかし、わが新聞は県知事を落選させる力がある」と、冗談でなく本気で言った。これでは政治ゴロそのものだが、全国紙が首相叩きに熱心なのも同じ理由かもしれない。総選挙となれば報道は中立を守るので仕事が楽になり、しかも新聞は売れる。

  本来は報道力の回復で社を立て直さなければならないのだが、そのことに気づかず、新商品の開発で何とかなると考えるのも危うい傾向だ。

  朝日新聞は以前から「朝日カルチャーセンター」や「朝日文化財団」などを手掛けてきたが、結局はOBなどのための仕事を作ってやる場所で、商売として成立させようという気が全くない。

  最近、力を入れているのは「朝日新聞デジタル」というインターネットでの展開だ。中身が良くならないのに形態だけ変えても、部数や業績が伸びるはずがない。「朝日自分史」という「朝日新聞があなたの人生を一冊の本にまとめます」という自費出版事業もそうだ。

  記者が実際に取材してまとめ、出版する代金は100万円だというが、実際は録音したテープを安く外注に出し、ある程度でき上がったものを記者が“直してやる”というものだろう。現に、記者が顧客を訪ねるのではなく、「首都圏在住の方もしくは東京本社に来社可能な方のみ」の申し込みに限定するそうだ。これでは事業が伸びる見込みはない。

 やる以上は、「当社一流の記者が引き受けるのですから売れるものにします」と言わなければプロではない。単なる取次屋で、「朝日の記者が手掛けてやるんだからいいだろう」というのでは新商品も伸びる見込みがない。 

すっかり上から目線


 朝日新聞はかつて「ジャーナリスト宣言」を発表し、「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言。朝日新聞」と大きく掲載した。 「ジャーナル」(journal)の語源は「ヤヌス」(Janus)というローマの神様で、顔が2つあり、1年の始まりに立っていて、過去と未来の両方を見ている。しかし、朝日には過去と未来を見通す力は全くないのではないか。

 朝日新聞はすっかり上から目線になり、謙虚さを忘れ、在野精神を忘れた。新聞の起こりは明治時代、失職した旗本たちが薩長政府批判をやり始めたのが最初だったが、いまの朝日からはそのような気概は感じられない。

  朝日はいつも上から目線で、自分の不勉強が原因の劣等感を隠すために、メディアの優越感を丸出しにして「読者に教えてやろう」「誘導してやろう」とするが、これは報道ではない。

 朝日が本当に報道や解説で尊敬されるという本来の道に進みたいのであれば、なるべく大きなものを根本から批判し、さらに新しいイベントを興して価値を発信することだろう。

 たとえば、朝日は「権力批判がメディアの使命」などと言って政権批判はするが、情報がもらえなくなることを恐れて外務省批判、財務省批判はほとんどしない。国連やサミットやオリンピックのような巨大な欺瞞に対しても全く批判しない。

  国連については言うまでもないが、サミットは「ややこしい国内問題から逃避したい各国首脳の集団サボタージュ」だし、オリンピックはもともとギリシャ神話の全知全能の神・ゼウスに誓う競技会だから、日本に「オリンピック精神」はまるで関係がない。

  教育のエンタメ化はすでに始まっているのに、「旧来のお得意さん」である日教組に遠慮して、朝日はこれらの変化を取り上げることができない。子供に責任を転嫁して学力低下と書くが、新時代の新学力を論じる力がない。

  政治のイベント化もそうだ。記者は政党に依存し、大物政治家にぶら下がって仕事をしているから、この変化に気づかない。与党はこうあるべき、野党はこうせよという解説すら書けず、ただ「誰が誰と会った」「人事はどうだ」と日々の目先のニュースを追いかけるだけで、大局的な変化や目指す道筋を報じることができない。 

朝日は緩やかに消滅


 このような状況がありながら社内改革ができないのは、出世目当てのごますり社員ばかりが社内で大きな顔をして、まともな社員は来ないし、来ても逃げてしまうからだ。

  いまや新聞は“情報のブローカー”でしかなく、ただ公表される情報を新聞に書くだけ。新聞が自らを「媒体」と呼ぶのも、「単に情報を右から左へ流すだけ」だからであり、これでは「自ら発信する」社風は育たない。

  今後はブローカーではなくクリエーターとなり、誰もが気づかないような情報、新しい兆候を誰よりも早くキャッチし、価値を作り出し、指導性を発揮して報じなければ、存在意義がなくなる。

 地方の人に聞くと、新聞社の人は高給取りだから危機感がないんですよ、と教えてくれる。身近な存在だから正体がよく見えるらしい。特に社会部は世の中を上下両方からくまなく眺める力がなければならないが、そこを直す気はないので、すでに毎日新聞社がそうなっているが、新聞で儲けられなくなると土地や自社ビル管理の不動産業になり下がる。

  こんなことでは当然、資本そのものにも揺らぎが出てくる。朝日新聞社の大株主だった村山美知子氏が朝日新聞社の株をテレビ朝日に売却したのは08年、朝日新聞社社員持株会への譲渡は09年だった。

  朝日新聞社持株会は「これでうるさい株主がいなくなる」と大喜びで高く買い取ったが、「権力を取り上げたい」というだけで喜んだのは甘かった。朝日はアメリカから吹いてきていた「株主資本主義」の風を感じていなかったのだろう。この風のなかでは株主が最も偉い。従業員を奴隷にしてでも株価を下げるなというのが風潮で、結局、朝日はテレビ朝日などの新株主が乗り込んで来て威張るという風潮に見舞われただけだった。

 ロマノフ王朝崩壊時、真っ先に逃げ出したのは王様の側近だったのだが、甘い汁を吸っていた人間ほど、機を見るに敏でもあるということだ。 

「驕る平家」と朝日新聞


 こういう事態に至っては、朝日新聞は資産の切り売りをしながら緩やかに消滅に向かうしかない。これは私が朝日を嫌って言っているのではなく、こういう経路を辿った会社をいくつも知っているからだ(たとえば長銀)。

 切り売りの過程で社の精神はすり減っていく。やがて記者も逃げ出す。朝日新聞が2010年に実施した早期退職制度は、破格の条件だったとはいえ、予想以上に多くの人が飛びついた。残っている人も「自分が退職金をもらって辞めるまで会社が持てばいい」と考えているのだろう。

 巨大・強大な組織の没落の前兆として必ず起こることだが、中心部の人のほうが売りぬけをする、いわばインサイダー取引である。

  朝日新聞は『平家物語』のストーリーを辿っている。朝日の記者たちは「そんなものはよく知っている」というかもしれないが、しっかり味わって、わが事として読み直すことをお勧めしたい。 『週刊新潮』はそれが分かっていて、朝日特集のタイトルに「おごる朝日は久しからず」とつけた。新聞社の黄金期は40年続いた。が、ここ十年ほどは、まさに朝日新聞が時々刻々と平家になりつつあった。そのことに気づいていた人もいるはずだが、朝日新聞はそのことに気づいていなかったのである。

  朝日は9月11日、社長が記者会見を開き、福島原発の吉田調書に関する報道について謝罪、慰安婦報道についても一部お詫びを述べた。だが、いま謝ったところで、朝日離れは収まらないだろう。ここまで述べたとおり、来るべきものが来ただけで、謝罪によって朝日が良くなるというものではない。

 反省し、謝罪したからと言って、朝日はこのままではもはや新しい記事は書けないだろう。自分で取材し、自分で考えて記事を書くことができず、特ダネ捜しよりも「特オチ」を怖れているようではお客がいなくなる。朝日の新入社員に東大卒がいなくなったという話題もあったが、学歴云々ではなく、「どんな就職先にでも行ける人材が朝日を選ばなくなった」ことを重く受け止めるべきだろう。

 朝日新聞の今年の内定者の会で、内定者の大学生から、慰安婦報道について「検証記事などで慰安婦問題が話題になっていますが、それについてどうお考えですか?」との質問が飛んだところ、その場は凍りついたという。その場で役員は「正しいことをやっている」と言ったらしいが、このような認識では先はない。

 また、学生のほうもこれから記者になる人間ならば、「私ならこうします」という答えを用意していないようでは情けない。

  朝日に内定が決まっている新入社員はいまさらやめられないだろうが、朝日の上層部は後輩の道を狭めることだけは絶対にやってはならない。朝日の人々には、上からの勤務評定を気にするのではなく、下から感謝されることのほうが大事だということを肝に銘じてもらいたい。

  世間の声に耳を傾け、報道の使命を自覚しない限り、朝日新聞の再興はない。