石井 聡(産経新聞論説副委員長)

 年末総選挙に打って出た安倍晋三首相は、いったい誰と戦っているのだろう。もちろん、序盤からアベノミクスを批判する民主党など野党を蹴散らす戦いには、すでにアクセル全開といった感じだ。

 「この道しかない」というスローガンで、政権2年の成果を自賛する。民主党政権後の日本の立て直しを強調し、民主党にはできないと突き放す。その戦法で戦い抜くのだろう。

 もっとも、これでは解散前と選挙後で、世の中の何が変わるのかがよく分からない。

 消費税率10%への再増税を1年半延期したので国民の信を問う。「大義」と胸を張れるかどうかはおき、道理ではある。

 だが、なぜ再増税を延期せざるを得なかったのか。そもそも、4月の税率8%への増税が景気の足を引っ張ったとすれば、どうすればそこから立ち直り、脱デフレの道筋を確かにできるのか。有権者としてはそこが聞きたい。


衆院解散後、記者会見をする安倍晋三首相=11月21日午後、首相官邸(宮崎瑞穂撮影)
 首相は解散にあたって2度の記者会見をした。1回目は再増税延期を決めた11月18日、2度目は「アベノミクス解散」と命名した21日だ。その中で共通する下りがあった。

 まず18日の会見で「国民の皆様のご協力なくして、こうした成長戦略のような困難な政策は前に進みません」と述べた。困難な政策とは何なのだろう。

 21日には「賛否両論、抵抗も大きい、その成長戦略をしっかりと前に進め、国民生活を豊かにしていく」と語った。二つを考え合わせると、どうやら成長戦略に抵抗している勢力の存在を示唆しているようだ。

 すぐに思い浮かぶのは、成長戦略の柱となる規制緩和、なかでも「岩盤規制」と呼ばれる分野である。業界や関係省庁の強力な抵抗で、規制の緩和や撤廃が難しいものだ。医療、農業、雇用などが例示されてきた。

 これに対し、野党側からは「岩盤規制の打破は、しがらみだらけの自民党ではできない」との批判も出ている。関係業界が既得権益を保護するため、自民党を支援する構図を強調する狙いだ。

 「三本の矢」の中でも、成長戦略を意味する「第3の矢」に力強さが欠けているとの指摘は多い。首相がまき直しを図ろうとするのは当然だが、それならなぜ、その対象を具体的に示さないのか。

 小泉純一郎元首相は「郵政解散」において、敵とそれを支持する抵抗勢力を明確に色分けして選挙に臨んだ。それによって自民党がぶっ壊れてもよいという姿勢だった。ちなみに、解散の本会議で小泉進次郎復興政務官は万歳に加わらなかった。「万歳する姿が、余計に国民との心の距離を生む」と思ったからだという。

 仮に安倍首相が「●協を解体せよ」「◎◎会をぶっ壊せ」などと抵抗勢力を名指しして改革の対象に挙げれば、「何のための解散か」というモヤはかなり晴れる。そうした手法には賛否両論あるだろうが、今よりも選挙戦は盛り上がる。果たして、そうした場面は訪れるだろうか。


 それにしても「72・2%」には驚いた。産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の11月下旬の合同世論調査で、安倍首相の解散決断について「適切だと思わない」と答えた人の比率である。「思う」は22・8%だ。

 これだけ世論が明確に反応すると、今回の選挙の意義をあれこれと書く立場にある者も困惑する。

 その意味でも、首相には「仮想敵」をはっきりさせたうえで選挙を戦ってもらいたい。この際、具体的な対案を示せない民主党など野党は、真の敵にはならない。

 再増税延期にあたり、首相と「増税派」、財務省との間で激しい綱引きがあったという見方もある。「財務省による政権支配」との戦いというのだろう。

 ただし、この構図で考える場合、首相が1年半の延期後、再増税を必ず行うと宣言していることの説明が必要になる。

 首相は中国、ミャンマー、オーストラリアの歴訪から帰国する直前、記者団に「精神論ではいけない」という言葉を用いて再増税への考えを述べた。

 この時点で、首相はまだ先送りも解散も明言していない。

 景気の腰折れなどの懸念があり、税収が増えるどころが減ることも考えられるのに、再増税はすでに決まったものとして、精神論で突き進むべきではない、といった意味で用いたのだろう。この発言が、再増税延期を強くにおわせる効果もあった。

 予定通り、首相は帰国後に延期と解散を表明したが、意外だったのは増税時の景気動向によって実施の可否を判断する「弾力条項」をつけないと明言したことだ。

 29年4月の再増税実施を前に、景気がどうなっているかは読み切れない。だが、少々の不安がある程度なら、ためらわずに踏み切るという意味だろう。

 そう言っておかないと、内外から財政再建への姿勢を疑われかねない。増税派である麻生太郎財務相と、その線で折り合ったのではないか、などの観測を呼んだ。

 だが、弾力条項を外して退路を断つという姿勢は、首相が否定した「精神論」に映らないか。

 第3の矢を放つ改革のターゲットを名指ししたうえで、国民の前でファイティングポーズをとってみせてはどうか。それなしにアベノミクスの成果を語るばかりでは、大義の乏しさを自ら強調することになりかねない。