墓田桂(成蹊大学教授)

 2016年12月19日、ドイツの首都ベルリンで起きたテロ事件は世界を震撼させた。教会前のクリスマス市に大型トラックが突入し、12人の犠牲者を出した。トラックが凶器となったのは同年7月14日にフランスのニースで起きたテロと同じ構図である。

 犯人はチュニジア出身の男だった。難民申請が却下され、本国に送還されないままドイツに滞在していた。



 ドイツでは、このほかにも難民や移民による凶悪な事件が発生している。難民保護に人道主義の夢を託した市民たちは裏切られた思いだろう。

「難民はテロリストである」といった極論に与するつもりはない。難民の多くは私たちと同じ普通の人間である。ただ、留意しなければならないのは、難民、あるいは移民のなかから社会に脅威をもたらす人物が現れてしまう事実である。

2016年12月にベルリンで起こったトラック突入テロの現場で警戒にあたる警察官(ロイター)
2016年12月にベルリンで起こったトラック突入テロの現場で警戒にあたる警察官(ロイター)
 テロとも相まって、欧州の政治状況は不安定になっている。不安定化の要因の1つに難民・移民問題があることは否定できない。16年6月に行なわれたイギリスの欧州連合(EU)離脱の国民投票も然りである。ドイツの一極支配やEUの官僚主義に加えて難民・移民問題が争点となった。

 大西洋の対岸でも難民問題は先鋭化している。アメリカのドナルド・トランプ大統領は17年1月27日、「外国のテロリストが合衆国に入国することを防ぐ」ためとする大統領令を発した。イスラム圏7カ国の国籍者の入国を90日間停止するとともに、難民の受け入れを120日間停止するといった内容である。

 入国管理の厳格化はオバマ政権下でも進んだが、今回の大統領令は必要以上の混乱を招いている。内容、手法共にトランプ政権を象徴するものである。

 ただ、問題含みの措置とはいえ、移民・難民の流入を懸念するアメリカ人も存在する。テロへの懸念はいまでも根強い。ロイター/イプソスがアメリカで行なった世論調査では49%が大統領令を支持すると答えた。調査によって差はあるが、無視できない世論の動向である。

 理想主義と現実主義、グローバリズムとナショナリズム。相反するこれらの要素が複雑に絡み合うのが難民・移民をめぐる問題である。いまや国内、国際政治を揺るがすテーマでもある。

 世界的な規模で展開している難民問題だが、先進国圏ではEUの苦難が際立っている。欧州に活路を見出そうと中東やアフリカから難民・移民が地中海を船で渡っている。難民を含めた多様な背景の移動者が流れ込む「混在移動」の典型である。

 概して密航船の衛生状況は悪く、船の転覆は後を絶たない。密航者の苦境に胸を痛めない者はいないだろう。

 EUでの難民申請者は15年だけで128万人に上った。EUの人口は約5億人だから、比率でいえば1%にも満たない。だが、流入してくるのは文化的、宗教的背景の異なる人たちである。お金を落として帰ってくれる旅行者とは異なり、難民は社会の負担となりかねない。やはり重たい数である。

 15年9月、事態は大きく展開する。トルコの海岸に横たわるシリア人の幼児の溺死遺体に欧州は動かされた。16万人の難民申請者をEU加盟国間で分担することも決まった。道徳感の強いドイツ、そして欧州委員会が牽引力となった。

 そうしたなか、同年11月、フランスのパリで自爆と銃の乱射によるテロ事件が発生する。犠牲者は130人。犯人のうち少なくとも2人は密航ルートを使ってギリシャに入り、パリまでやって来た。欧州で人びとの善意が高まっていたそのとき、テロの計画は進んでいた。

 幼児の溺死事件を機にEUは迅速に対応したが、苦悩を背負うことになる。16万人の分担策はEU加盟国を分断させた。反難民・反移民感情が高まり、反EU勢力と化して既存の政治秩序を揺るがしている。