田村秀男(産経新聞編集委員)
 あれよと言う間に衆院が解散され、総選挙が始まる。最大の争点はアベノミクスだ。打ち出されて2年近くになるアベノミクスの成果と問題点を検証してみよう。

 まずグラフを見てほしい。平成24年10~12月期以降の日経平均株価と実質国内総生産(GDP)の伸び率、勤労者実質収入の伸び率の推移を追っている。実質とは、名目値から物価の上昇率を差し引いた正味の分だ。

 アベノミクスが本格的に始動した25年初め以来、最も目覚ましい成果を挙げたのは株価である。株価は上昇を続けた後、今年前半の停滞を経て再び上向いている。「第1の矢」である異次元金融緩和によって日銀がおカネを大量発行すると外国為替市場で円の価値が下がる。円安は輸出企業や多国籍化した大企業の収益をかさ上げする一方で、ドルに換算した日本株に割安感をもたらす。こうして日本株売買の7割前後を占めるニューヨーク・ウォール街などの海外投資家を引き寄せ、国内投資家が呼応する。
 読者の多くはここで疑問を持つだろう。確かに株高は投資家にとっては喜ばしいが、私たちが生活する実体経済をどれだけよくするのか、と。とりわけ、金融資産をため込むだけのゆとりのない一般の勤労者にとっては株式投資どころではない。

 リーマン・ショック当時のGDPと株価をそれぞれ100として、株価が100上がった場合の実質GDPがどれだけ上昇してきたか、日米の最近の2年間について筆者が試算してみると、米国は15前後で推移し、日本は3~7の幅で動いている。米国はリーマン後、連邦準備制度理事会(FRB)がおカネの発行量を6年間で4倍以上増やして、株価を上昇させて景気を回復軌道に乗せた。

 日本の株高による景気押し上げ効果は米国に比べてかなり見劣りするものの、それなりに効き目がある。日銀がおカネを刷って、金融市場に流し込んで円安・株高に誘導し、景気をよくするという手法は弱いとはいえ、有効には違いないようだ。

 この好循環は今年1~3月でぷっつり途絶えた。GDPの改善基調は消費税率8%になった4月で暗転してしまったが、その前に勤労者家計の実質収入は減り続けていた。

 実質収入の増加率は昨年10~12月からマイナスに転じ、消費税増税後は下落に加速がかかった。GDP成長率は、実質収入のあとを追うようにぽきんと腰折れし、7~9月期でさらに悪化した。収入が減れば、消費を切り詰める。家計消費が6割を占めるGDPが萎縮する。

 実質収入が減ったのは、物価上昇に賃上げが追いつかなかったためだ。インフレ目標2%を掲げる日銀は円安に誘導して輸入物価を押し上げ、消費者物価上昇率を1%台のプラスに押し上げた。企業の方はしばらくの間、景気の先行きを見極めるまでは賃上げには慎重になるので、物価上昇分だけ実質賃金が下がる。そこに消費税率引き上げ分が物価に転嫁されたので、実質賃金が急下降した。金融緩和を柱とするアベノミクスで消費は確かに上向いたが、航空機で言えば巡航速度に入る前に増税で逆噴射させたために失速してしまったのだ。民主党など野党は「アベノミクスの失敗」を騒ぎ立てるが、民主党政権が主導した「3党合意」による消費税増税が元凶だと素直に認めるべきだ。

 肝心の安倍首相も判断ミスを犯した。日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁は楽観的過ぎた。黒田氏は昨年10月初めの増税決断の際、異次元緩和をすれば消費税増税による悪影響を相殺できると首相に進言したのだ。

 そこで安倍首相が来年10月に予定されていた消費税再増税を先送りしたのは当然だが、それでアベノミクスが息を吹き返すわけではない。消費税率8%が引き起こした家計への圧迫は今後も続く。安倍首相は引き続き、企業に賃上げを求めると言明しているが、国内需要に不安がある中では、おいそれとは実現しそうにない。

 日銀のほうは10月末に異次元緩和の追加策に踏み切った。新規発行額の2倍近い国債を市場から購入すると同時に株価指数に連動する上場投資信託の買い上げ規模をこれまでの3倍にする。市場は沸き立ち円安・株高が進行しているが、それによる実体経済押し上げ効果に限度があるのは、上述した通りだ。

 筆者が知る限り、アベノミクスに代わる現実的な脱デフレ策はない。総選挙を通じて、安倍政権と与党はアベノミクスのまき直し策を明示し、野党側も建設的な対案をぶつけるべきなのだ。