その失敗を近くでつぶさに見ていたのが家康である。まず、この「自己神格化」プロジェクトのために専門家を雇った。天海僧正だ。このブレーンの言うことをよく聞いて、彼は東照大権現の「神学」つまりなぜ家康が神なのかという説明を作らせた。
ライトアップされ、宵闇に浮かぶ日光東照宮の国宝「陽明門」。約40年ぶりの大規模な修復作業を終え、金箔や極彩色がひときわ輝く=4月29日午後、栃木県日光市の日光東照宮(飯田英男撮影)
ライトアップされ、宵闇に浮かぶ日光東照宮の国宝「陽明門」。約40年ぶりの大規模な修復作業を終え、金箔や極彩色がひときわ輝く=4月29日、栃木県日光市(飯田英男撮影)
 権現とは、そもそも神がこの世を救うために人間の姿を取ってこの世に下りてくるものである。長い乱世で多くの人が苦しんでいるのを見た「神家康」は、その苦しみから人々を救うため人間の姿でこの世に生まれ、苦心の末に天下を統一するという大偉業を成し遂げ役目を果たしたので天に戻られた、今はそこにおられる。というのが東照大権現の神学である。しかも「東照」は大和言葉で読めば「アズマテラス」と読める。つまりこれまでの日本はアマテラスの子孫である天皇家が治めていたが、これからはアズマテラスの子孫である将軍家が治めるという形を作ったのだ。だから徳川の天下は約300年も続いた。

 逆に言えば、最初に信長が神になり天皇を超えようと志したからこそ、家康は成功したわけで、それが歴史の連続性ということだ。この点から見ても、信長が本気で神になり天皇を超えようとしていたことはまぎれもない歴史上の事実なのである。

 しかし信長の視点から見れば、「家康神学」には大きな弱点があった。それはほかならぬ東照大権現という神号を朝廷に奏請して、つまり天皇からもらってしまったということだ。天皇からもらったのならば、天皇家と徳川家は対等とはいえず、天皇家の権威の方が上であることを認めてしまったことになる。この弱点が幕末に「天皇家の方が尊いのだから将軍家よりも天皇家に忠を尽くすべきだ。つまり討幕は悪ではなく正しいことだ」という勤皇思想の隆盛を生みだすことになり幕府は滅んだ。

 家康ですら天才信長の「自己神格化計画」を完全に達成することはできなかったのである。