今回の労働法改正案については少なくとも反対ではない。ただ、僕はこの程度では緩いと思っている。野党は今回の改正は派遣の固定化になると批判しているが、それではみんな正規雇用化するのが本当にいいことなのか。終身雇用、年功序列賃金といった本当の意味での日本型正規雇用が維持されているのは一部で、せいぜい労働組合もしっかりしている大企業ぐらい。中小企業では正規雇用でも首切りは当たり前に行われているし、すべて正規雇用化するのが必ずしもベストとはいえない。

 働く人のために何が達成されるべきかと考えると、自分の仕事が安定して、ある程度長期間働き続けられるとわかった上で、給料は上がり続けることが必要。この2つを達成するためには、正規雇用がいいのかというと違うと思うし、もちろん賃金の上がらない非正規雇用がずっと続くというのもよくない。本来必要なのはオランダ革命といわれる、オランダで90年代、雇用制度改革のときに実現した同じ仕事ならば正規でも非正規でも賃金が同じ、という「同一労働、同一賃金」が一番必要だと思う。

 日本でもイケア・ジャパンは同一労働、同一賃金を実現できたし、日立は年功序列賃金を廃止した。段々そういう方向にいきつつあるし、イケアができたことをほかの会社ができないはずがない。

 本来、雇用政策で実現すべきは長期間働けて将来の見通しがつき、賃金があがるということ。経済学的には、給料を上げるためには生産性をあげるしかない。そして生産性をあげるためには、スキルを上げる必要がある。日本は教育訓練の機会が少ないので、スキルアップしたい人には、教育訓練の機会を提供できるようにしないと。僕は雇用に関しては政府が前面にもっと出るべき部分もあると思っていて、それが教育訓練なんです。高度成長期以降、日本型正規雇用という名のもとで終身雇用、年功序列賃金、教育訓練はOJT(職場内訓練)が行われてきた。企業側が教育訓練も面倒をみることになっているが、実際は、正規雇用であっても中小企業では教育訓練の機会はまだまだ不十分。
 

 働かざるもの食うべからず


 雇用の問題は新卒の一括採用を含め、高度成長期の遺物のまま。日本経済をちゃんと再生し、企業の収益を上げ、賃金を上げるには、すべて生産性を上げるしかない。日本の労働生産性は実は低いんです。ドイツ、オランダの働く人1人が1時間あたりを満たす付加価値、GDPはだいたい60ドルであるのに対し、日本人は40ドル。一方、年間総労働時間は、日本が1700時間ぐらいで、ドイツ、オランダが1400時間くらいで2割も長い。日本人は生産性が低い労働を長時間やっている。働く人の生産性が高いドイツやオランダは雇用制度を改革しながら、教育訓練の機会を多く与えることで生産性をあげることをしている。アメリカでも、コミュニティカレッジが事実上、職業訓練校の役割をしている。同一労働、同一賃金を実現すると同時に教育訓練の機会を提供する、それをしっかりやってはじめてうまくまわると思っているので、今回の政府の法案は不十分だというわけです。

 日本は、企業も自治体も個人も、何かあると政府に甘える癖がついている。普通、給料を上げるには自分のスキルアップが一番大事。安倍首相が11月に経済界に賃上げを要請したが、官邸が経団連にお願いしないと上がらない時代というのもおそろしい。本来、労働者が勝ち取るものであり、政府がなんでも関与しすぎ。

 今回の派遣法改正が大きな批判を集めているが、非正規のうち多くを占めるパート、アルバイトや中小零細の正社員はほっといていいのか、ということ。非正規でもスキルアップすれば高い給料をとれるようにすればいいだけで、身分なんて関係ない。働かざるもの食うべからずという当たり前の原則は忘れてはいけないんです。


岸 博幸(きし・ひろゆき)
昭和37年、東京都生まれ。一橋大学経済学部、コロンビア大学ビジネススクール卒。61年に通商産業省(現・経済産業省)入省 後、経済財政政策担当相、金融担当相、郵政民営化担当相、総務大臣の政務秘書官を歴任。慶応大学大学院メディアデザイン研究科教授。