潮匡人(評論家)

 まず、今年6月7日付「産経新聞」朝刊1面に掲載されたコラム「産経抄」を借りよう。 

「一橋大学の学園祭で予定されていた作家、百田尚樹さんの講演会が、中止に追い込まれた一件である。一部の団体から強力な圧力がかかり、大学の一部教員からも中止を求める声が出ていたという。(中略)市民団体による組織的な抗議電話などで、識者の講演会が中止に追い込まれるケースは、大学に限らない。(中略)ただ朝日新聞などは、リベラル派文化人の言論活動が妨害されると大騒ぎするものの、保守系文化人が同じ目に遭っても、それほど関心を示さない。奇妙な二重基準がまかり通っている」

 事実そのとおり。上記コラムが掲載された以降も、リベラル派は関心を示さない。現に報道していない(6月8日時点)。産経新聞が取り上げたり、百田尚樹氏が自らツイッターで情報発信したりしたから、問題が露見したが、そうでなければ、埋もれていたであろう。

 この件は「表現の自由」に深く関わる。憲法上、優越的地位を占める重要な精神的自由権が侵害されたにもかかわらず、護憲リベラル派は沈黙を続ける。朝日新聞は6月9日付朝刊で目立たない第3社会面でエクスキューズのように報じただけであり、同社の綱領に掲げる「進歩的精神」は死んだといえるのではないか。

 そしてなぜ、一橋大学は問題視しないのか。法学部やロースクールで憲法を講義する教授らが、なぜ「自由を守れ」と声を上げないのか。不思議である。それどころか、「大学の一部教員からも中止を求める声が出ていたという」(前掲)。正気の沙汰とは思えない。
百田尚樹氏の講演会中止問題に揺れる一橋大学=2017年6月、東京都国立市
百田尚樹氏の講演会中止問題に揺れる一橋大学=2017年6月、東京都国立市
 百田氏の講演を中止に追い込んだ団体はネット上でこう呼びかけた。 

「(前略)百田尚樹氏は、悪質なヘイトスピーチ(差別煽動)を繰り返してきました。下記はその一例です。(中略)『もし北朝鮮のミサイルで私の家族が死に、私が生き残れば、私はテロ組織を作って、日本国内の敵を潰していく』(中略)これらヘイトスピーチは、日本も95年に批准した人種差別撤廃条約が法規制の対象としている極右活動・差別の煽動行為に当たる違法行為です。(中略)このような殺人・テロをふくむ差別煽動を繰り返す百田尚樹氏が、学園祭に招かれることで、私たちは学園祭期間中に深刻な差別・暴力が誘発されることを憂慮せざるをえません。(中略)また国立大学法人一橋大学という公共性ある大学の施設で、公式に学園祭のゲストとして招かれることじたい、彼の差別・テロ煽動に大学がお墨付きを与えることにもなります。(後略)」

 もし本当に、百田氏の言論が「違法行為」に当たるなら、講談社や新潮社、文藝春秋など大手や老舗の出版社は軒並み捜索対象となろう。もとより産経新聞社も無事では済むまい(笑)、などと本来なら一笑に付すべき署名活動だったが、彼らの目論見は成功した。

 百田氏のツイートによると、「講演を企画した学生たちは、サヨクの連中から凄まじい脅迫と圧力を受け続けていたらしい。ノイローゼになった学生や、泣き出す女子学生までいたらしい」。ならば、それら自体が明白な「違法行為」であり、刑法上の犯罪に当たる。それも、「深刻な差別・暴力が誘発されることを憂慮」する団体の扇動によって(笑)…。いや、もはや笑い話では済まされない。警視庁は本件を正式に捜査すべきと考える。