小浜逸郎(評論家)
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こはま・いつお 昭和22(1947)年、横浜市に生まれる。横浜国立大学工学部卒業。思想、教育論など幅広く批評活動を展開。国士舘大学客員教授。著書に『弱者とは誰か』(PHP新書)、『日本の七大思想家』(幻冬舎新書)など多数。



 ここ2、3カ月の間、「在日特権を許さない市民の会」(略称「在特会」)のヘイト・スピーチなるものがずいぶんと話題になっています。この盛り上がりの主なきっかけは二つあるようです。一つは、朝日・毎日・東京・中日などの反日・反安倍政権メディアが、山谷えり子国家公安委員会委員長と元・在特会メンバーとのツー・ショットをネタに、保守政権と「ヘイト・スピーチをしてきた差別主義・排外主義的団体」との癒着を表すものとしてさかんに攻撃してきたこと、もう一つは、橋下徹大阪市長と在特会会長・桜井誠氏との会談で双方罵倒のやり合いに終始し、10分足らずで決裂してしまったこと。

 これらに関する私の第一印象を述べます。前者について。攻撃の仕方が単に閣僚と「ヘイト・スピーチ差別主義団体」とのツー・ショットという現象だけをとらえた非難に集中していて、そもそも在特会がどんな主張をしてきたのか、その正当性のいかんを問うような記事がまったく見当たらない点がおかしい。またヘイト・スピーチが刺激的・攻撃的であるというだけの理由で「悪」と決めつけてよいものかどうかも気になるところです。

 後者について。興奮して吠える桜井氏も桜井氏ですが、それ以上に大都市の市長という重要な公職身分にありながら、いつもの橋下氏の品格のなさを再確認する思いでした。またそれとは別に、橋下氏が「大阪でそういうことやるな、国会議員に言え」と何度も繰り返していたのが印象的でした。なるほど大阪は全国で突出して在日韓国・朝鮮人が多い地域ですから、市長としては「過激な」仕方で在日特権問題を露出させられることに伴う混乱を政治的に恐れたのでしょう。しかし彼の挑発的な性格がかえって裏目に出たようです。なお在日特権問題についての彼の考え方の是非については後に触れます。

 さて一見センセーショナルなだけにみえるこれらの事件の背景には、じつはたいへん複雑で厄介な問題が存在しています。本稿では、これをできるだけ思想的に掘り下げてみることにしましょう。

在日特権という厳然たる事実


 まず私が知りえた限りでは、在日特権は存在します。その最も顕著なものは、生活保護に関する優遇措置です。一番新しいところで、2014年の厚労省の調査によると、生活保護率は全体平均が千世帯のうち17世帯であるのに対して、在日韓国・朝鮮人は142世帯という突出した数字になっているそうです。約8・4倍ですね。もちろんこの資金の源は日本国民の税金です。また国民年金加入者で40年間保険料を納めた場合の老齢基礎年金は月額6万6千円ですが、65歳の生活保護受給額は月額12万円であり、これがそのまま永住外国人にも適用されるわけですから、永住外国人の無年金者が日本人の国民年金加入者よりも多額の受給を受けるという逆転現象も起きています。

 少しさかのぼって2008年時点では、在日韓国・朝鮮人のうち生活保護を受けている人は3・9%、これは日本人1・2%の3・25倍に相当します。なお在日韓国・朝鮮人は1991年に制定された入管特例法によって特別永住者と呼ばれるようになりました。そこで、同じ2008年時点で生活保護を受けている人の割合を、一般永住者(外国人)のそれと比較してみますと、特別永住者が一般永住者の約4・46倍と計算されます。

 2014年の調査と2008年の調査で数字が大きく異なっているのは、前者が世帯単位、後者が個人単位であることが主たる理由と考えられます。生活保護は世帯単位で支給されますが、世帯単位のほうが倍数が大きくなるということは、在日の人たちが世帯分離の操作(たとえば偽装離婚など)を日本人よりも多く行って、よりたくさんの給付を受けられるようにしている可能性が考えられます。ちなみに、だいぶ古い資料ですが、1995年のSSM調査研究会による社会階層と社会移動全国調査によると、在日韓国・朝鮮人の方が日本人よりも収入が高くなっているそうです。

 次に、在日韓国・朝鮮人は、通名使用が認められているので、いくつもの通名を使用することが可能であり、これを犯罪に悪用すれば捜査の妨害をしやすいという点も見逃せません。現に過去にそのような例がいくつもあったそうです。また、他の外国人ならば犯罪を犯したらどんな軽犯罪でも本国に強制送還されるのに、在日韓国・朝鮮人は、入管特例法によって、内乱罪のような例外を除いて、強制送還されない規定になっています。これは一般の外国人と比較しての特権というべきで、要するに日本人と同等の扱いを受けるということでしょう。さらに、同じく他の外国人と比較しての特権ですが、出入国に当たっては日本人用のゲートを使うことができるので、めんどうなチェックを受けないで済みます。法的には外国人でありながら外国人扱いされないわけですね。このことは、安全保障上の問題点を孕みますし、また密輸などの犯罪にも利用することができます。

韓国での在日差別


 こうして在日韓国・朝鮮人にはいくつかの特権が与えられていることは明らかですが、これらの特権は、かつては植民地人が受けていたさまざまな社会的差別の歴史によって当然(あるいは仕方ない)とみなされていました。しかし現在では、法的にも就業面でも結婚面でもほとんど差別らしい差別は見当たらず、また収入面の格差も見られません。指紋押捺もなくなりましたし、帰化しようとすればそれほどの面倒な手続きもいりません。さらに2008年には自民党によって帰化手続きをさらに簡略化するための法案が作られています。

 ちなみに帰化の実績は90年代に急増し、1万人を超える年もありました。1950年以来60年間に、帰化者の累計はほぼ30万人近くに達すると推計されます。80年代末には70万人いた在日の人たちは、現在約50万人に減っているので、この減少には90年代以降の帰化者の累積が大きく貢献しているとみていいでしょう。

 では、いまも韓国・朝鮮籍を維持している人たちがなぜ本国に帰ろうとしないのか。それにはいくつかの理由が考えられます。韓国政府は在日韓国人の本国帰還を非常に嫌っており、密入国者の送還を拒否したこともあります。在日の人たちもそれを知っているのです。在日の人たちを差別しているのは、日本ではなく韓国なのですね。また北朝鮮は、ご存知の通りの状況ですから帰国を望む人はほとんどいないでしょう。日本にいる方が生活も保障されるし就業機会もあり居心地がいいのです。おまけにいまほとんどの在日の人たちはすでに二世、三世、四世であり日本語が母国語ですから、メンタリティーは日本人と変わりません。在日の人たちの多くは、本音では日本国籍がほしいのだと思います。

 また1950年時点で在日の半数近くが密入国者だったという有力な説もあり、戦前から自由選択で来日した人の割合も多く、戦時徴用された朝鮮人はわずか245人だったという政府の公式発表もあります。戦前からの密航、済州島四・三事件での虐殺を逃れての密航、ヴェトナム戦争時の徴兵を逃れての密航が三つの大きな密航といわれていますが、それ以外にも経済的理由での密航者が相当数いると考えられます。ということは、朝鮮の苛酷な生活実態に比べて日本がいかに魅力的に見えたかということの証拠でもあるわけです。

 さてここからが問題ですが、日本でずっと暮らしたいが帰化はしようとしない人たちのなかには、在日としての特権を手放したくないという動機を持つ人がかなりの割合で含まれるという推測が成り立ちます。もちろん、先祖伝来の民族アイデンティティを守りたいという純粋な思想的立場の人もいるでしょうが、それは以上述べてきたことから考えて、現在ではどうみても少数派でしょう。

 誤解を避けるために断わっておきますが、私はけっして、個々の在日の人たちの動機を歪んだもの、醜いものとして非難するためにこの指摘をしているのではありません。ある特権や利権が目の前にあるときにそれを手に入れようとするのは、人間の自然な傾向です。問題は、そういう特権を許す制度や制度の運用の仕方にあるというべきでしょう。そのかぎりでは、橋下市長の「国会議員に言え」という発言は正しいのです。

 もう一つ指摘しておくべきことがあります。差別の実態がほとんど消滅して、しかも特権を手にしているのに、「かつてあった差別」をタテにしてそれを利用しようとする団体は、民団や総連に限らず、正当な反差別団体が不当な利権団体に堕落した姿を示しているのです。一部の同和団体関係者と同じで、要するに実態のなくなった「弱者」「被差別者」の看板を聖なるものとして振りかざし、公共機関から利権をむさぼり取ろうとしているわけです。その傾向をかぎつけているかぎりでは、桜井誠氏をはじめとした在特会の主張は正しいのです。ただし、「朝鮮人は朝鮮半島に帰れ!」などの「ヘイト・スピーチ」は、汚い言葉だからいけないのではなく、むしろその声をかける対象と、メッセージに示された解決の方向性とが不適切だと言えるでしょう。これについてもあとで触れましょう。

「ヘイト」の下品な暴力

新聞、テレビの上品な暴力


 さて、「ヘイト・スピーチ」という概念ですが、これをただ「ヘイト(憎悪)」的だからという理由だけで「悪」と考えるのは、思考停止だと私は思います。いかに下品だろうと、そうするだけの根拠が同時にきちんと示されていれば、その主張には耳を傾けるべきです。こんなひどい相手は潰すしかなく、相手を潰すのに有効だと思える時には「ヘイト」もありです。ただし、戦術的に見てそうしないほうが得策だという判断が成り立つ場合は避けたほうがいいでしょう。上品ぶるのもまた一つの手です。現に、言論機関という社会権力を手にしているマスメディアは、上品で穏やかに見える「言論」という手段によって、じつは底知れないほどの大きな暴力をふるっていることがあります(例:朝日新聞)。

 そういう可能性があることを、今回の在特会問題を書きたててきた反日メディアの記者たちが自覚しているとはとうてい思えません。ヘイト・スピーチ規制を議案として取り上げようという機運が起きた時に、自民党の一部に、国会前の左翼デモ(反原発や反集団的自衛権)もその対象にしようという動きがあり、反日メディアはそれをとんでもないこととしてごうごうと非難しました。さて、私はこの件に関して別に自民党や在特会の肩を持つわけではないけれど、左翼デモの叫びや左翼議員の野次などのなかにもけっこうヘイト・スピーチに属するとみなせるようなたぐいがあるのは事実ではないでしょうか。

 ところで、なるべく暴力は振るわないほうがいいというのは、文明生活の共通了解になっていて、その了解が公式的には無条件に正しいとされているために、今度はその了解の範囲内で、口汚い罵りはよくないということになりました。だんだんお上品で紳士的になっていくのが文明社会の建前のようです。それはそれでまあ結構なことですが、こういうことがあるのです。

 公式の表現がお上品で紳士的になっていくと、単に表現の形式がそうなっていくだけではなくて、その内容にも変化がもたらされます。言葉が抽象的になり、玉虫色になり、八方美人的になり、衛生無害になり、優等生的になっていく。結局、本音はますます引っ込んできれいごとばかり言うようになる。国際舞台での首脳会談などにはそれを感じさせるものが多いですね。あれはもちろん、背後に周到な戦略を隠している場合が多いのですが、聞かされる方は、言葉だけをとらえてもただのきれいごとを並べているとしか思えません。微妙なニュアンスをかぎつけつつ他の情報もできるだけ動員してその本音を憶測するほかないのです。

 たとえば、政治家のちょっとした失言が大げさに問題にされて辞任にまで追い込まれます。私自身も、あれは戦術上拙いなと思うことがよくあります。しかし、人は気づいているでしょうが、政治家の失言には、たいてい正直な本音が出ています。そうしてけっこう本当のことを言っていることが多いのです。ヘイト・スピーチがそれと同じだとは言いませんが、公式的な言論が持つ無意識の抑圧性に対するガス抜きの意味を持っているという点では共通しています。

 在特会の人たちはおそらく、韓国政府や在日団体の言い分なら何でも聞いてしまう戦後日本の自虐性に苛立っているのでしょう。この自虐性は左翼だけではなく、保守政治家やマスメディア、行政担当者、要するに権力を持っている人たちにも共通している。だからこそ苛立ちはいよいよエスカレートする。その苛立ちが「ヘイト・スピーチ」として現れる――これは心情としては理解できるところがあります。権力者たちが取り澄まして隠している下半身を露出させた。そういう問題提起の意味がこの団体にはあったと思います。

朝日新聞の失敗を隠すため


 ところで、ここで反日メディアが問題にしているいわゆるヘイト・スピーチは、単に口汚い言葉の暴力だからいけないのではなく、排外主義的で、民族差別的だからいけないのだという反論があるでしょう。一見もっともな言い分ですが、こう主張する人たちが、ただ頭から「在日は差別されている弱者だ」と決め込んで、現在の実態を正しく把握しようとしないのはおかしいと思います。事実はすでに述べたとおり、在日の人たちは普通の日本人に比べて特に弱者であるわけではありません。もちろん、だからといって「朝鮮人は朝鮮半島に帰れ!」式の言い分が正しいとは言えません。それは主張として間違っているし、何の解決も示唆しません。何しろ彼らは帰るにも帰れないのですから。また在日の人たちは、折からの嫌韓ムードの高まりによって、いわれなきとばっちりを受けている側面もあるでしょう。そういうことが在特会の一連の言動によって助長されるとすれば、人間として許されることではありませんね。

 しかし一方、反日メディアがなぜ、在特会と山谷氏との関連性や、「カギ十字」によく似たシンボルマークを掲げた団体と高市早苗総務大臣との関連性を、単なる写真というイメージによってかくも執拗に植え付けようとしているのか、これもまた、ヘイト・スピーチに負けず劣らず、いや、それよりも数段狡猾な戦略だと言えます。彼らの動機は明らかです。要するに朝日新聞のみっともない大失敗によって敗色が濃くなったので、慌てて次なる反権力テーマを探し当て、そこへ向かって申し合せたように(じっさい申し合わせているのかな)エネルギーを集中させているのです。安倍政権は右翼、差別主義者、排外主義者やネオナチ団体とじつは結託している!――このイメージ操作に成功すれば、朝日の失敗は多少とも国民の目からぼかされることになる、というわけでしょう。

 民主党は負ける、反原発運動も伸び悩み、特定秘密保護法案アンチキャンペーンも効果なし、集団的自衛権閣議決定の阻止もままならず、そこへもってきて朝日の不祥事です。左翼メディア、ここは一発新規巻き返しとばかりに格好の攻撃材料を探り当てたと踏んだのでしょう。これは、中央に対する闘争に敗北すると、やれ沖縄だ、三里塚だ、アイヌだ、女性だ、薬害エイズだと、次々に新しい「弱者」なるものを見つけ出してはそこに政治闘争課題を移していったかつての左翼の手法と同じ構造です。

 これらに課題がないと言っているのではありません。反権力、反国家組織延命のためにそれらを利用する手口が、じつは真に問題当事者のことを考えているのではないというところが問題なのです。繰り返しますが、写真で同席していたなどのイメージ戦術は、反日メディアが常套手段として用いるじつに卑劣で姑息な方法です。これは、団体の言い分の妥当性をなんら検討しないのですから、言論機関としての役割を果たしていない自殺行為と言えましょう。

卑劣な攻撃を恐れるあまり事なかれ主義に陥る政治


 しかしそれはそれとして、じつはこれから述べることが、本稿の最も重要な点です。反日メディアの攻撃方法が卑劣だとして、では彼らが指摘する「現政権と在特会とのつながり」という問題は、まったく根も葉もない妄想にすぎないでしょうか。現実の舞台裏については私は知りません。ここでは、あくまでも思想的な関連という意味で、つながりが皆無とは言えないだろうということを指摘しておきたいのです。

 政治家たちは政治的な理由から、こうした民間団体と自分とは無縁だと強調します。その配慮も理解できなくはありませんが、実際には、在特会の主張のうちのまともな部分、つまり、在日韓国・朝鮮人が種々の特権を手にしているという主張は事実なのですし、その不公平性と日本国民がこうむる不利益とは、自民党内でも問題とされているはずです。だからこそ、先述のような帰化促進のための法案が構想されたりもするわけです。

 こうした関連性をまったくないものとして、在特会のほめられない行動の部分だけを根拠に、私たちとは無縁だとして切り離すことは、「臭いものには蓋」の事なかれ主義ではないでしょうか。在特会その他の団体は、トカゲのしっぽとして切られて、いっそう過激化するかもしれません。むしろ政界ではなかなか公にしにくい本音の部分を在特会が代弁して問題提起している事実を堂々と認めて、それではどうすべきかというように議論を発展させるべきだと私は思います。

 この問題についての二つの参考例を出して、それについて私見を述べましょう。一つは、10月22日にTBSラジオで放送された「荻上チキ・Session22『在日韓国・朝鮮人の戦後史』」という番組で拾われている橋下徹氏の考え方です。ちなみにこの番組には二人のゲストスピーカーが出てきて「在日問題の歴史的経緯」をしきりに強調していながら、ほとんどは制度史的な側面の説明に終始していて、戦争直後の混乱期に密入国者や治安攪乱者や犯罪者がいかに多かったかとか、現在、在日の人たちが具体的にどれだけの特権を手にしているかなどの現実的な問題にはまったく触れておらず、橋下氏や在特会を批判するために仕組まれたとしか思えない偏向番組です。

 さて橋下氏はこの中で、「いろいろな歴史的経緯のもとに特別永住者制度がもうけられたので、それを根こそぎ否定することはできないが、同和対策事業と同じで、ある程度時間が経つと特別視することはかえって差別を生む。すでに現在では日本も韓国も主権独立国家として互いに認めているのだから、通常の外国人と同じに扱うようにじっくり時間をかけて永住者制度のほうに一本化すべきである」という趣旨のことを述べています。この橋下氏の見解には、前半は完全に同意できます。しかし後半は、在日の人たちが実質的には日本人であるとか、じつは日本を離れたくないと思っている人が多数であるといった現状を十分踏まえたものとは思われません。

 もう一つは、本誌前号(12月号)掲載の衆議院議員・次世代の党の桜内文城氏の論文「遵法精神なき外国人への生活保護支給を憂う」です。氏は次のように述べています。

 《私達は外国人を排除するために外国人への生活保護の適用をなくすべきだと主張をしているのでは決してありません。むしろ逆で、法律に基づかない行政判断に依らずに、外国人の保護は立法府の審議を経た別の法律できちんと根拠づけてやりましょうといっているのです。私達が提案し、成立を目指しているのは外国人緊急支援法(仮称)という法律です。生活保護は国民のための制度であるから外国人をその対象にはしない。しかし、生活保護とは別に急に外国人が生活に困った場合には生活保護に準じる措置を一定期間に限って認める。そういう法律を作って、法的根拠があるなかで外国人の保護を図っていく。》

 この考え方にも一定の説得力があります。橋下氏の理念を生活保護という具体的問題に反映させるならば、その限りで整合性を示していると言えるでしょう。しかしこの場合にも、在日の人たちを本国の韓国・朝鮮人と同等の外国人とみなしており、その特殊性を考慮していないという問題点があります。氏は同論文の中で、「日本に帰化して国籍を取得するならば、いざ知らずそういう日本に敵意を持っている国家の国籍を持ち、忠誠を誓うなり、帰属意識を持っているわけでしょう。(中略)何でそういう国の人々(中略)を日本の税金で保護しなければならないのでしょうか。」と訴えていますが、これは必ずしも当を得ていません。いま在日の人たちのほとんどは、すでに二世、三世、四世であり、特に韓国の場合に言えることですが、本国に対する忠誠意識や帰属意識などほとんど持っていないと思います。しかも韓国からは差別されており、日本での永住以外に道はないというのが大方のところでしょう。私は何人か在日韓国人を知っていますが、彼らのうちに韓国への明確な帰属意識、忠誠意識を見出すことはできませんでした。

 ただ、在特会のまともな主張の部分を取り上げず、その乱暴なパフォーマンスの部分だけをメディアに突かれて、その団体とは無縁であるかのように振る舞う政治家たちに比べれば、この二つの主張は、彼らの問題提起をよくくみ取っていると評価できます。

戦後レジームからの真の脱却


 そこで結論です。これは私なりの提案ということになります。そのための要点は、

・嫌韓ナショナリズムにはそれなりの根拠があることを認めるが、その感情を在日問題にそのまま反映するのは筋が違うということ。

・同時に在日としての特権は極力なくしていくべきこと。

・しかし、朝鮮が旧植民地であったという特殊性に鑑みて、一般外国人と同じ永住者とみなす方向性を取ることの困難を認識すべきこと。

 以上三点を軸に、在日の人たちの処遇を政治的にどうすべきかを考えると、主力を帰化促進政策の方向に置き、かつ一方で、帰化を望まず在日としてのアイデンティティを大切にしたい人には、そのための選択肢も残しておく。ただしその場合に、これまでの特権は認めないということになるでしょう。しかしこの提案は、在日の人たちの帰属意識に関する推定に基づく部分を含むので、こういう政策を取る前に、政府が在日の人たちの生活意識などについて綿密な調査研究に乗り出すことが条件です。いずれにしても、反日メディアも在特会も、本国人と在日の人たちを混同するという誤りに陥っています。前者はその自虐意識において、また後者は在日がすでにほとんど日本人である実態を見ないという点において。この両方の見方から自由にならないかぎり、戦後レジームからの真の脱却は望めないでしょう。