2017年06月14日 14:11 公開

北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏の殺害事件は、史上最も悪名高い事件の一つになりそうだ。この事件で、現在2人の女性被告がマレーシアで裁判を控えている。 BBCベトナムのニャー・ファム記者とBBCインドネシアのレベッカ・ヘンシキ記者が被告たちの人物像に迫った。

マレーシアのクアラルンプール国際空港の出発ロビーで撮影された監視カメラの映像は忘れられない。2人の女性が世にも奇妙な作戦を実行した。接近された中年男性は懸命に顔をぬぐっているようだ。

当局は、これが大量殺人兵器として国連が禁止する猛毒の神経剤VXが金正男氏殺害に使われた瞬間だったという。

この女性たちはインドネシア人のシティ・アイシャ被告(25)とベトナム国籍のドアン・ティ・フォン被告(28)で、5月30日にクアラルンプールの裁判所に出廷 した。

女性たちが金氏に近づく間、椅子に座った指南役とみられる北朝鮮の男性グループに監視されていた。男たちはその後、様々な目的地に向かう便に搭乗した。

その間、シティ被告とドアン被告は速やかに逮捕され、犯行を計画したわけではないものの実行犯として起訴された。両被告は、単にいたずらを仕掛けるテレビ番組だと思ったと主張し、裁判所に提出された際に罪状認否は行われなかった。しかし、これは死刑を宣告されかねない犯罪だ。

この話はよく知られ、メディアではひっきりなしに繰り返し伝えられてきた。しかし、両被告がこの場所に来ることになった本当の理由は何なのか。

金氏殺害前の数カ月間、女性たちはともにクアラルンプールの怪しげな部分に関わっていたとみられている。

マレーシア警察によると、ドアン被告は「娯楽施設」で働き、シティ被告はマッサージ店を併設する小規模な「ホテル・フラミンゴ 」で働いていた。二人のマレーシアの生活に関するメディアの言及はすべて、二人が風俗業界に関わっていたのではという含みがあるが、直接的な証拠は一つもない。

ドアン被告が、「ルビィ・ルビィ 」や「ベラ・トロン・トロン・ベラ」といった偽名で持っていた複数のフェイスブックには、自信を持ち、屈託のない女性が写し出されている。

フェイスブックと同様に移民記録も、マレーシアのほか、カンボジアのプノンペンや韓国といったアジア地域の様々な場所から出入国するパターンを示しているようだ。

移民労働者や性労働者、そして風俗業界にいる人たちは、クアラルンプールの歓楽街に出入りしている。歓楽街では、中国やミャンマー、タイ、ラオス、カンボジアなどからの国際色豊かな労働者を見かけるが、その内かなりの人数が観光ビザでマレーシアに入国しているとみられる。

手っ取り早く稼ぎたい若い女性向けに多種多様な仕事も手に入る。例えば、カラオケバーやマッサージ店、エスコートクラブで顧客関係の担当者といった役割を担っている。

逮捕日前に女性たちが互いを知っていたかははっきりしない。警察は、両被告がショッピングモールで作戦の練習を複数回行い、結果を十分に認識して計画的に行われた攻撃だったと主張する。

ドアン被告の弁護士は、被告に一度しか面会したことがないものの、特に目立った印象は何もなかったとBBCに語った。

また、両被告がクアラルンプールへ至った道のりも例外ではない。水田に囲まれた地方の村、そして典型的な都市近郊の農村地域育ちという経路を辿っている。

インドネシア人のシティ被告はタンゲラン・セラン で育った。セランは、高層ビルやきらびやかな巨大モールが立ち並ぶジャカルタ市中心部から車でわずか2時間だが、別世界だ。

シティ被告の実家は農家で、主にじゃがいもやウコンを売っている。セランの生活ペースはゆったりしており、玄関先で近所の人たちと何時間もおしゃべりして過ごす。

被告は3人きょうだいの末っ子で、家から歩いてすぐのところにある州立小学校に通っていた。学校の先生はシティ被告が「静か」で「礼儀正しい女の子」だったと記憶しており、みんな事件の展開にショックを受けている。

BBCが学校を訪れると、コンクリートの校庭は清潔な赤と白の制服を着た生徒で溢れかえっていた。全員がシティ被告の名前を知っていた。

両親は、シティ被告を高校に行かせる余裕がなかったため、同被告の教育はここで終わった。

ドアン被告の生い立ちも、何百キロも離れたベトナムのギアビン村の水田の片隅に立つ小さな家で始まり、似たようなものだった。

1階建てのレンガの家は、典型的なベトナムの農村スタイルで建てられている。小さな庭が痩せたバナナの木立に囲まれている。

村の中心部に行くには、途中、家と本道の間に濁った水路があり、薄い竹の板でできた橋を勇気を振りしぼって渡らなければならない。

ハノイから90キロ、ナムディン省のカトリック教徒が多いこの地区は、たくさんの教会が自慢の他は、ほとんど何もない。

ここにいるほとんどの人は農民で、北ベトナムの痩せた土壌を何世代にもわたり耕している。

どこの貧しい村でも同じように、若い人たちは都会へ出て金を稼ぎ、親よりもいい生活をする機会を常に求めている。

ドアン被告の父親は、1972年にクアンチ省で負傷したベトナム戦争の退役軍人だ。現在は地元の市場で警備員として働いている。被告の母親は2015年に亡くなり、父親は同じ村の女性と昨年再婚した。再婚相手の女性も市場で働いており、市場に来る人の自転車や手押し車を見守る被告の父親を手伝っている。

父親はBBCに、「フォンは私に全くなつかなかった」と話した。さらに、5人きょうだいの末っ子の自分の娘が、何十年も病気で寝たきりだった母親ともっと親しかったかもしれないと語った。

「その後18歳で家を出てから、戻ってきて顔を見せることはあまりなかった」

両被告からコメントはない。彼女たちについて知られているのは、両被告の親たちがメディアに語ったことだけだ。

シティ被告の両親は地元メディアに、被告が「働き者で強い決心を持っていて」、小さい時からセランを出たいと思っていたと語った。

シティ被告は家族を養えるようになりたいと思っていた。セランのような村出身の何百万人ものインドネシア人と同様に、それができる唯一の方法はまずジャカルタへ行き、その後海外へ行くことだった。それはシティ被告のような若い女性が小さい時から持つ、出稼ぎ労働者の夢だ。

ドアン容疑者はハノイの薬科大学に通ったが、その後複数の「娯楽施設」で働いた。家族にはどのような仕事か一度も伝えなかったという。

ドアン容疑者の兄ドアン・バン・ビンさんは、「物静かで、控えめで、行儀の良い子です」と話した。「フォンはあまりお金は持っていないようですが、人からつまようじですら盗まないような子です!」

ビンさんは妹が首都ハノイで全く別の生活を送っていたことに気づいていなかった。

フォン容疑者は慎ましい田舎の少女から、ハノイで人気のナイトクラブやバーで働く活発な若い女性に様変わりした。

ドアン容疑者はオーディション番組「Vietnam Idol(ベトナム・アイドル)」に1度だけ出演した。出演時間は20秒だけだったが、胸元の広く空いた服を着て国内のメディアで話題になった。

またハノイ中心部の有名なバー兼ナイトクラブの「セブンティーン」で以前働いていた。バーの前マネージャーのケニー・ブイさんは、ドアン容疑者が素朴で優しい心を持った、良い従業員だったと振り返った。

ブイさんはドアン容疑者について、「私が良く知るバーテンダーと付き合っていたことがあり、そのバーテンダーの服や食べ物など何でもお金を払ってあげていました。とても寛大で、他の女の子が彼女をいじめた時も絶対に悪いことは言わなかった」と語った。

シティ被告はビジネスマンのグナワン・ハシムさんと結婚し、2人には1人の息子がいた。西ジャカルタの人口が密集したタンボラ地区の小さい家に住んでいた。

近所に住むエマ・スエラさんはBBCに対し、シティ被告について、「とても良い女の子で、義理の両親の面倒をよく見て、自分が村の出身で貧しい出だと強く認識しており、一生懸命働いていた」ことを覚えていると話した。

夫婦は2012年に離婚した。シティ被告とグナワンさんが署名した2月1日付けの手書きの書面によると、夫婦のそりが合わず不仲になったため、離婚を選択したという。

エマさんは、近所に住む人全員が離婚にショックを受け、シティ被告の逮捕にはさらにショックを受けたと話す。

「完全にショックです。理解できません。私の知っているアイシャさんじゃありません。テレビでは別人に見えました。もっと化粧をして、きれいで着飾った感じでした。全てがとても変です」とエマさん。

元義父のリアン・キオンさんは地元メディアに、シティ被告が最後に家に帰ってきたのは1月28日で、事件の起こる2週間弱前だったと伝えた。

リアンさんは、「やって来て1晩泊まりました。私の孫と夜一緒に過ごし、次の日に出て行きました」と話す。

2014年に「セブンティーン」が閉店すると、ドアン被告はキャンペーンガールやコールガールとして働いたとされている。ベトナムのソーシャルメディアやネット掲示板では、車やプールの前でビキニ姿でポーズをとる同被告の写真が見つかった。髪を染めて、外国人客と数々の海外旅行に出かけた。

外国人の男性たち、主に韓国人と付き合っていたと知られている。バーは韓国人客がよく来ていたのだ。フェイスブックへの数多くの投稿からは、韓国の人気観光地である済州島にも行ったことがうかがえる。

一方シティ被告の家族は、同被告は韓国語を話せず、韓国とのつながりはないと主張している。

しかし両被告と正男氏の暗殺を画策した工作員とみられる北朝鮮の男たちとの関係については、憶測が広がっている。

シティ被告の母親のベナーさんは、娘は「マレーシアでモデルとして働かないか」と誘われたと言う。

「番組の撮影のためにマレーシアに行きたいと話していました。誰かに香水をかけてびっくりさせるんだと。香水の広告モデルにならないかと誘われたんです。世間知らずな娘は給料がいいからと了承しました」。

父親のアスリアさんはニュースを聞き、「どうか裁かないでほしい。娘が無実だと信じています」と話す。

インドネシアの移民支援団体は、今回の事件にシティ被告が関わっていたとしても、より洗練された強力な組織にだまされた、ただの被害者だと強調している。

移民支援団体マイグラント・ケアのアニス・ヒジアット氏は「彼女の話は、同じように麻薬犯罪組織にだまされた多くの移民にも当てはまります。逮捕され、犯罪者として見なされていますが、実際は被害者なんです。マレーシアで死刑囚として服役しているインドネシア移民の半数は、このように空港で麻薬犯罪組織に運び屋として利用された被害者です」と話す。

しかしマレーシア警察は、両被告が供述しているよりかなり深く事件に加担していると一貫して主張している。後に手を洗ったことから、何をやったか知っていたというのだ。

今のところ、両被告の運命はマレーシア司法の手に委ねられている。

追加取材:ウーン・キン・チャイ記者(マレーシア)