中岡望(東洋英和女学院大客員教授、ジャーナリスト)

 トランプ米大統領は選挙で当選した時から、ロシアとの不適切な関係で疑われ、連邦捜査局(FBI)はロシア側が大統領選挙に介入した疑いで捜査を始めていた。さらに、トランプファミリーがロシア政府関係企業と密接で、利権が絡んでいるとの重大な疑惑も浮上。閣僚の中にもロシア政府と秘密裏に接触している事実が明らかになった。

 こうした中でトランプ大統領のマイケル・フリン安全保障問題担当補佐官が辞任に追い込まれた。ホワイトハウスは同氏の解任はペンス副大統領に間違った情報を提供したためだと説明したが、その背景にはロシア・コネクションが捜査対象となっていたことに疑問の余地はなかった。「ロシア疑惑」はトランプ政権にとっての棘(とげ)だったといえる。

 そして5月9日、トランプ大統領は突然、ジェームズ・コミーFBI長官の解任を発表した。コミー氏は、大統領選の投票日前に、もう終わっていると思われていたヒラリー・クリントン氏の私的メール使用問題の捜査を再開すると発表した人物だ。それがクリントン氏に対する有権者の信頼を大きく損ない、選挙戦最大の敗因になったと言われている。
米上院情報特別委員会の公聴会に出席したコミー前FBI長官=2017年6月、ワシントン(AP)
米上院情報特別委員会の公聴会に出席したコミー前FBI長官=2017年6月、ワシントン(AP)
 ゆえに、トランプ大統領にとってコミー氏は大統領選勝利の「最大の功労者」の一人であった。大統領就任後、トランプ氏は執務室でコミー氏に最大限の賛辞を送り歓迎した。2メートルを超えるコミー氏とハグし合うシーンは象徴的でもあった。コミー氏は、トランプ氏から何度もFBI長官に留まるように要請されたと、後日語っている。それなのに、コミー氏は突然の即刻解任の情報をメディアの報道で知ったという。

 FBI長官の任期は10年である。フーバー初代長官が11年以上も長官の座にあり、その間に政治家や官僚の秘密情報を集め、隠然たる影響力を行使したことから、FBIの捜査の独立性を維持することも含め、任期が10年とされた経緯がある。

 ただ、かつてビル・クリントン大統領は、セッションズ長官の公私混同が激しいことを理由に、レノ司法長官に彼がポストにふさわしくないとの書簡を書かせて、同長官を解任している。

 今回もセッションズ司法長官と副長官にコミー氏が職責にふさわしくないという趣旨の書簡を書かせ、それを根拠に解任に踏み切った。FBI長官を解任するのは、大統領権限である。その限りでは、話はここで終わるはずであった。少なくともトランプ大統領は、そう考えていただろう。

 だが、事態は予想外の方向に展開する。コミー氏は1月6日に初めてトランプ・タワーでトランプ次期大統領にFBIとして報告に赴いた時から、4月11日に電話で話をするまでの計5回の会談内容をメモに記録していたのである。

 メモを取った理由として、コミー氏はトランプ大統領が人格的に信用できず、しかも二人の間で交わされた会話は誰も聞いていなかったため、もし将来問題になったとき、トランプ大統領が嘘をつくかもしれないとの不安からメモを残したという。

 それは単に会話の記録だけでなく、トランプ大統領の表情や対応なども詳しく記録されている。コミー氏はそのメモを知人に託した。そして、ニューヨーク・タイムズ紙が「コミー・メモ」の存在をスクープしたのだ。