篠原章(評論家・批評.COM主宰)

 昨年12月20日、翁長雄志沖縄県知事による「埋め立て承認取り消し」をめぐる訴訟の上告審で、知事側の上告が棄却され、国(沖縄防衛局)による辺野古沿岸埋め立ては適法とされた。翁長知事側の全面的な敗訴である。

 知事はこれに反発し、今年3月24日にキャンプ・シュワブのゲート前で開かれた抗議集会で「埋め立て承認を撤回する」と明言した。以前から「撤回」を求めていた琉球新報、沖縄タイムスなどの地元メディアは、この撤回発言を大きく報道している。

 「取り消し」は、過去の行政行為(この場合は、2013年12月の仲井眞弘多前知事による埋め立て承認)に違法性があったと判断する場合に行われるものだが、「撤回」は、その後の諸事情の変化を受けて、過去の行政行為が正当性を失ったと判断する場合に行われるものである。

 簡単にいえば、「取り消し」は前知事のミスを根拠とするものだが、「撤回」は現知事の「意思」を根拠とする。翁長知事側は、辺野古移設に反対する県民の「民意」が強まったこと(すなわち自分自身が知事に選ばれたこと)を「諸事情の変化」に挙げて、「埋め立て阻止」のための闘いを続けるつもりだといわれている。

 ところが、3月の撤回発言から3カ月経っても、翁長知事は埋め立て承認を撤回する気配はない(6月20日現在)。一説では、翁長知事の発言を受けた菅義偉官房長官が3月27日午前の定例記者会見で、「(知事個人に対して)国家賠償法に基づく損害賠償請求を検討中」と述べたことが、翁長知事や県当局を慎重にさせているという。だが、翁長知事が撤回に踏み切らない理由はそこにはない、というのが筆者の見立てである。
沖縄県の翁長雄志知事
沖縄県の翁長雄志知事
 たしかに国家賠償法には、「第1条  国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。第2条  前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」と定められている。

 筆者の推計では、翁長知事の法的手段を駆使した抗議行動のために、警備費用や一部工法変更のための経費としてすでに50億円以上の国費が失われている。これはあくまで直接的な経費であり、移設遅延に関わる総経費を算出すれば、おそらく数百億円にのぼる「遅延損害金」が発生しているだろう。このうちどの程度の金額が翁長知事個人に請求されることになるのかはわからないが、少なくとも数億円に上ることは十分予想される。

 しかしながら、国が知事個人に直接損害賠償を求めた例はこれまで見あたらない。手続きとしては、(1)国が沖縄県に対して損害賠償を要求する(2)沖縄県が国に対して支払った賠償額を、翁長知事個人が負担するよう求める訴訟を起こす、という2段階のプロセスを経るのが常識的である。だが、沖縄県が翁長知事に対する求償権を行使しない(訴えない)可能性もある。この場合は、国家賠償法や地方自治法に基づき、住民が求償を求めて提訴する必要が生ずる。最終的には住民訴訟になる可能性が高いということだ。

 たとえ県当局による求償権の行使や住民訴訟で賠償金を払うことになっても、翁長知事はその資金を十分調達できる。調達先が、一般支援者からの寄付になるのか、支援企業からの借り入れなるのかはわからないが、支援者は翁長知事を支えるだろう。ただし、資金調達の方法によっては、その合法性・適法性が問われる可能性はある。