依田啓示(カナンファーム代表)

 私は幼い時から毎年、慰霊の日に生中継される厳かな慰霊祭を見てきました。小さいころは、学校が休みになるのでうれしくて外に遊びに行った記憶もありますが、戦地としての沖縄県を知るにつれ、戦争や平和について深く考えるようになりました。
沖縄全戦没者追悼式で、演台に向かう安倍首相(手前)を見つめる沖縄県の翁長雄志知事(左端)ら=6月23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園
沖縄全戦没者追悼式で、演台に向かう安倍首相(手前)を見つめる沖縄県の翁長雄志知事(左端)ら=6月23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園
 沖縄県は、これまで「保守」と「革新」の間で熾烈(しれつ)な選挙が戦われてきましたが、少なくとも、この「慰霊の日」については、どちらの陣営も非常に中立的で、ともに心を合わせて、その日を迎えていたと鮮明に記憶しています。

 ところが、2年前くらいから、本土の活動家が慰霊祭に顔を出すようになり、テレビで報道された通り、厳粛な慰霊祭の最中に現職の総理大臣に向かって罵声を浴びせたり、会場入り口では「反原発」「反差別」など慰霊祭に全く関係のないのぼりやプラカードを持ったデモ隊が騒ぐようになり、心を合わせてともに祈る場であるはずの慰霊祭が「政治利用」されるようになりました。これは非常に残念なことだと多くの県民は心を痛めています。

 沖縄県の「被害感情」や「平和を希求する心」がうまく利用され、民主党政権の鳩山由紀夫元総理の「最低でも県外」というウソの公約がきっかけとなり、「沖縄県民をバカにするな!」と火がついてしまったのです。その元総理は現在、平気な顔をして何度も沖縄の過激な抗議現場を激励に訪れ、何食わぬ顔で基地反対を叫んでいますが、もともと「やっぱり県内」と言って、基地を沖縄に押し付けてきた張本人であり、ロシアによるクリミア併合を支持しています。そんな「言行不一致」な人物がいま、平和の象徴として祭り上げられているのです。

 慰霊の日を迎えるにあたり、今年はどんな騒ぎがあるのかと非常に不安を抱えています。戦死された多くの魂に安らかに眠ってもらうための慰霊祭がまるで戦場と化してしまう現在の「平和活動」に全く賛同できません。

 さて、基地反対派ですが、厳密に分けると「暴力肯定派」と「暴力反対派」がいます。ただし、暴力的でない対話派は非常に少数であり、100かゼロかの議論に終始せず、相手の立場に配慮し、現実的な事情を把握するような、冷静に議論できる反対派の「左派」が少なくなったような気がします。

 実は、「辺野古移設」だけを見ると保守層の中にもそれなりの反対派が存在し、本土で報道されている「反対派」と言ってもひとくくりにすることはできません。例えば、辺野古移設が実現すると、職や借地料が無くなる「普天間基地」周辺の人たちは当然反対します。

 普天間基地周辺の不動産業界は、広大な土地の返還に伴う返還前の危険物の調査や除去などの整備、そして区画や名義の確認などにかかる空白期間が10年近く及ぶことを知っています。その空白期間は土地の有効利用されず、一切お金を生みません。また、それだけ広大な土地が返還されるということは、不動産の価格、または賃料が劇的に下がるということが確実視されています。