2017年06月23日 18:16 公開

乳がんとの闘病生活をブログにつづり多くのファンがいたタレントの小林麻央さんが亡くなったことが23日に分かった。34歳だった。

関係者によると、小林さんは22日夜、東京の自宅で息を引き取ったという。

夫で歌舞伎役者の市川海老蔵さんは、自身のブログの「2017/06/23」と題が付いたエントリーで、「人生で一番泣いた日です」と述べている。

個人的なことがらについて語るのを避けようとする日本社会で、小林麻央さんのブログは画期的だった。麻央さんは昨年、BBCが世界中の影響力があり人の心を動かす女性100人を記事やドキュメンタリーにする「100 Women(100人の女性)」の一人に選ばれた。

2人の子供がいる麻央さんは当初、日本の多くの人と同様、「理想の母親像」に近付きたいと、乳がん闘病を公表せず、病のイメージを持たれることを恐れたという。

BBCへの寄稿で麻央さんは、「何かの罰で病気になったわけでもないのに、私は自分自身を責め、それまでと同じように生活できないことに、「失格」の烙印を押し、苦しみの陰に隠れ続けていた」と心境を語った。

国内メディアによって自身の闘病が報道されるに及んで、ようやく麻央さんは「日向に出る決心」をし、日本で応援してくれる人たちがこれほどいたことに気が付いたという。

麻央さんの最後のブログのエントリーは今月20日。母親が毎朝絞ってくれるオレンジジュースをいつも心待ちにしていると書かれている。

麻央さんはまた、4歳の長男、勸玄(かんげん)君が今月3日から東京・歌舞伎座で夫と共演するのを観るのを楽しみにしていた。

残念ながら、希望はかなわなかった。

4年前に父親の市川団十郎さんを肺炎で亡くしている海老蔵さんは23日午後に開いた記者会見で、麻央さんの母親が病状の急変に気付き、22日に家族が枕元に集まったと話した。

海老蔵さんは、「おとついまでは喋れたが、きのうは喋れなかった。息を引き取る瞬間、(中略)『愛している』と言って、本当にそのまま旅立った」と話した。

海老蔵さんは、麻央さんがこれまでと変わらず家族のことだけを考え、最後まで笑顔を見せようとしていたと話した。さらに、麻央さんが「自分が治ったならこうしたい、ああしたい、多くの人を救えるような存在になりたいと一生懸命闘病していた」と語った。

「それでブログというものも始めた。(中略)ある意味公になって本当にありがたかったと思う」。

「(ブログで)同じ病の人や苦しんでいる人たちと喜びや悲しみを分かち合っている妻の姿は、私からすると人でないというか、なんというか……すごい人だなと」

「総合的に教わったこと、そして今後も教わり続けることは『愛』なんだと思います」

(英語記事 Mao Kobayashi: Japanese cancer blogger dies at 34