京都産業大学客員教授・吉田和男
 安倍晋三首相は極めて重い決断を強いられた。来年10月から予定されていた消費税率の10%への引き上げを1年半先送りして平成29年4月から実施することを決断した。消費税等改正法の付則で経済動向に関する確認の念押しが規定されていることに基づいている。

 8%への消費税率引き上げを行った後の経済動向は決して良好なものではなかった。株価は好調で、賃上げやボーナス上昇など明るいニュースもあったが、景気指標は芳しくないものが多かった。

世界的にも深刻な財政状況
 4~6月期の国内総生産(GDP)成長率はマイナス7・3%であった。いわゆる消費税率引き上げに伴う個人消費の1~3月期の駆け込み需要に対する反動減がマイナス成長を生み出した。この反動減からの回復が注目されたが、7~9月期のGDP速報値はマイナス1・6%となり、期待された回復が見られなかった。この数値を受けて、安倍首相は経済動向から判断して、法改正を行っての税率引き上げの先送りを選択した。アベノミクスによる成長軌道への回復を優先した結果であった。

 一方、財政状況も一時の余裕もないまで悪化している。政府債務残高は1千兆円を超え、GDP比は200%超にもなっており、戦時並みの財政状況になっている。

 世界的に見てもこれほど大きな政府債務になっている国はない。財政危機が論じられたPIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)の百数十%程度と比較してもダントツの財政赤字である。財政危機を迎えた国の苦悩は、年金の減額や公務員の解雇などに始まる歳出のカットとともに、失業率の上昇とインフレが同時に起こるなど、尋常ではない。

 PIIGSのように、大量の国債が売られて財政危機になる状況はもっとも避けるべきことである。財政状況の悪化から国債が売られると正常な財政運営ができなくなる。国債残高がこれほど大きくなってくると、もっとも心配されるのが金融市場での国債の信認の大きさである。国債は安全資産として貯蓄の手段となっているが、国債発行が限度を超えれば国債価格の下落が心配される。
金融危機につながる恐れも
 現在、長期金利が1%以下になっているが、これがいつ上昇する(国債価格の下落)か分からない。現在の低金利は日本銀行の政策的なオペレーションによって生まれているが、これが常識的な水準になるだけで大幅な国債価格の下落になる。集中的に国債が売られることもあり得る話となる。

 こうなれば、国債を多く所有している金融機関にとっては含み損を持つことになり、場合によっては金融危機につながる。

 この危惧に対しては、日本の国債の大多数が国内の金融機関や投資家によって保有されていることが、諸外国の財政危機との相違であると指摘されている。財政危機を起こした国では、外国の投機的な国債保有によって財政赤字が直接的な危機につながったという議論である。その点で日本とは異なることが指摘される。

 しかし、外国人が国債を保有しているかどうかは財政危機とは必ずしも結びつかない。「空売り」によって国際金融市場で投機的マネーが大きく動き、財政危機を顕在化させることは否定できない。

 いずれにしても、国債は税金の後払いであり、「タダ」では決してない。合理的に考えれば、税負担となる国債元利払いの現在割引価値は国債発行額そのものなので、国債発行と税は何の差もない。しかし、金融上の制約があり、後世代にツケを回すのにも限界があると考えるのが常識であろう。消費税率の引き上げを先送りした安倍首相は「財政ギャンブル」を行ったことになる。

 国民の負担率上昇は不可避
 すなわち、財政問題を先送りしたことで、増税による短期的なマイナスの回避を優先し、財政赤字のもたらすリスクを取るという判断を行ったのである。

 もっとも安倍首相の判断も、消費税率の引き上げを1年半先延ばししたものの財政規律を放棄したわけではなく、消費税率10%への引き上げは経済状況のいかんにかかわらず実施することを明言している。これは最低限、必要な措置であり、金融市場からのアタックがないことを望むのみである。

 今後、予想される人口の少子高齢化などの要因で、財政支出が増えることはあっても減ることはない。年金医療費の拡大は不可避であり、子育て支援などの支出も充実させることが望まれている。社会保障費だけで年々1兆円ずつ拡大していかざるを得ない。

 財政の効率化は常に行われなければならず、不断の行財政改革は必要であるが、国民負担率の上昇は避けられないことを認識すべきである。現在の状況を前提とし、2020年度プライマリーバランスの黒字化を目指すとすれば、いずれ北欧でみられるように消費税率は20%を超えることは避けられない。日本は高負担社会になることの覚悟が求められる。(よしだ かずお)