著者 日野智貴

 平成28年6月、生長の家は「与党とその候補者を支持しない」という声明を出し、「反安倍政権」との立場を明確にしました。

 生長の家はかつて、「優生保護法」の廃止(反優生学・反堕胎)を目的に「生長の家政治連合」を結成し、「大日本帝国憲法」の復原・改正や靖国神社の国家護持を訴えるなど、「保守」の立場を鮮明にしていました。しかし、「反安倍政権」の声明以降、ネット上では肯定派・否定派ともに「生長の家は左傾化した」という論調が盛んになっています。
 ネットだけでなく雑誌『SAPIO』の29年3月号でも、反政権側の宗教もいくつか「保守」に分類しているにもかかわらず、生長の家を「リベラル派」の宗教としていました。

 安倍政権を支持する生長の家の別派の中にも、ネット上に「今の生長の家は左傾化した」とか「共産党を支持するようになった」という書き込みをされている方もおられます。私は、生長の家の現役の青年会の会員で、組織内での活動もしています。また、今年の2月から3月にかけて、生長の家宇治別格本山で1カ月間「研修生」として修行していました。

 その私からすると、今の生長の家が「左傾化」したという外部からの評価は意外でした。別派の中には私のことも「左翼学生」として名指しにされている方もいますが、どうしてそのような誤解を生むのか納得できない面もあります。
 
 私は、ブログに『大日本帝国憲法』の復原・改正を訴える文章を掲載したり、保守系オピニオンサイトに堕胎や野党共闘に反対する記事を寄稿したりしたこともあります。私の主張は決して「左翼」とはいえず、むしろ「右翼」的なものであると自分では思っています。

 宗教団体の教義や活動は外部からは分かりにくい面もあるでしょうから、ここでは内部から見た実態を伝え、本当に生長の家は「左傾化」しているのかを考えていただきたいと思います。

 私が生長の家宇治別格本山の研修生であったころ、毎朝「早朝行事」と呼ばれる時間がありました。朝4時45分に起きて「宝蔵神社」という生長の家の神殿に行き、そこで祈りとお経の読誦を行った後、境内の清掃をするというものです。本山の職員と研修生には参加が義務づけられており、一日の始まりの重要な行事として認識されています。

 その「早朝行事」では必ず、境内清掃の前に「皇居遥拝(こうきょようはい)」を行います。しかも、生長の家の行事で「最敬礼」を行うのは、「神想観(しんそうかん)」という祈りを行う場合を除くと、この早朝行事での皇居遥拝の時だけなのです。

 また、毎日午後1時になると「幽斎殿(ゆうさいでん)」という建物で天照大御神(あまてらすおおみかみ)・住吉大御神(すみよしおおみかみ)・塩椎大御神(しおつちおおみかみ)の三柱の神様を前で神想観という祈りを捧げます。生長の家で天照大御神を祀っているのはここだけなのですが、この幽斎殿で行う神想観は他の場所とは文言が異なる特別な神想観であり、いかにここでの祈りが重要かを示しています。