碓井真史(新潟青陵大学大学院教授)

 有名人や芸能人の人生は、私たちに大きな影響を与え、時に社会を変えていく。山口百恵のように、人気絶頂のアイドルが結婚を機にすっぱりと引退し、専業主婦として生きていくといった姿は、当時の日本女性に強いインパクトを与えただろう。そして「山口百恵」は伝説化されていく。
1977年秋に極秘来日し、インタビューに応じたジョン・レノン(右)とオノ・ヨーコ=東京都内のホテル
1977年秋に極秘来日し、インタビューに応じたジョン・レノン(右)とオノ・ヨーコ=東京都内のホテル
 さらに「死」にまつわることは、より普遍性が高いために、多くの人々の生き方にさえ影響を与える。スポーツカーで事故死したジェームズ・ディーン、愛と平和を歌いながら暗殺されたジョン・レノン、民家の軒先で遺体が発見された尾崎豊。彼らは、その芸能活動と死にざまがあいまって、熱狂的なファンを生み神格化されていった。

 人はみんな死ぬ。有名人も権力者も金持ちも関係ない。死から免れる人はいない。だから問題は、どう死ぬかだ。涙で包まれた穏やかな臨終の場面はドラマでよく登場するシーンだが、現実とは異なる「様式美」とさえ言えるよう最期が描かれたりする。事故死は、突然の死であり、ご遺族にとってはとても辛いことになる。だが、だからこそこの衝撃的な死に方も物語にはよく登場する。現実世界の芸能人も、事故死の方がその芸能人のイメージのままで死を迎えられるために、「永遠のスター」として私たちの記憶に残ることもある。

 だが、病気はなかなか辛い。徐々に体が弱る。痩せ細るなど容姿が変わることもある。長く苦しむこともある。病人の周囲では良いことばかりが起こるわけではない。体と心の苦しみ、お金の問題、看病、人間関係の問題など、さまざまなトラブルが起こることもあるだろう。辛さだけが残る最期もある。だから、有名人の中には闘病生活をほとんど世間に知らせない人もいる。華やかな結婚式や、授賞式や、一家だんらんなど公私にわたる人生を公開してきた人も、死期が近づいている闘病生活は公開しない。夢を売ってきた芸能人として、それも当然のことだろう。

 だからこそ、フリーアナウンサーの小林麻央さんの活動は注目された。彼女のネット発信は素晴らしものだった。「私は前向きです」「今、前向きである自分は褒めてあげようと思いました」「何の思惑もない優しさがこの世界にも、まだたくさんある」「がんばれっていう優しさもがんばらなくていいよという優しさも両方学んだ」「今は今しかない」「今日、久しぶりに目標ができました。娘の卒園式に着物で行くことです」「空を見たときの気持ちって日によってなんでこんなに違うのだろう」「苦しいのは私一人ではないんだ」「私はステージ4だって治したいです!!!」「奇跡はまだ先にあると信じています」。小林麻央さんのブログには、宝石のような言葉があふれた。死との向き合い方のお手本のようだ。