大場大(東京オンコロジークリニック代表)

 進行乳がんのため闘病中であったフリーアナウンサーの小林麻央さんの訃報が流れ、多くの方がショックを受け、まだ悲しみに暮れているのではないでしょうか。

 病気が公になって以降、麻央さんが日々つづってきたブログから届くひとつひとつの声や言葉が、多くの人たちの共感を呼びました。また、がんという病気と日々向き合っている、スポットライトを浴びることのない多くの患者さんたちにとっても、大きな勇気や希望となっていたはずです。

 一方で、がんという病気の持つ厳粛なリアルを強く実感させられた人も少なくないはずです。治ることが難しいがんを背負いながらも、愛する夫、子供、家族のために、1日でも長く、自分らしく生きたいと希望する麻央さんの営為の数々がブログにありました。

自分のために始めたブログでしたが、今、ある気持ちが加わっています。それは癌 ステージ4=死に向かって弱っていくというイメージがまだまだ強いならば希望ある違うイメージも強くしたいということです。そして、もちろん弱っている日はありますがそればかりではない 日常を書いていくことで え? まだ生きてたの? と数年後にも言われたいです笑

 麻央さんのブログを通じて、がんと上手に付き合っていくことの大切さ、クオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)を維持すること、全人的な痛み(ペイン)が癒されることなどの重要性が、一般の方々にも理解することができたのではないかと思います。
 この世に生を授かった以上、死は必然です。しかしながら、「死ぬこと」「病にかかること」「老いること」について、自身とは関係のないものとして蓋を閉め、思考を止めてしまっている方は少なくありません。麻央さんは、死を意識することで「生きる」ことの本当の素晴らしさを教えてくださいました。謹んで、心からご冥福をお祈り申し上げます。

 麻央さんが最期まで潔く人生を全うされた直後ではありますが、かねてから気がかりであった問題を挙げたいと思います。2016年9月のブログに、次のような「後悔の念」ともとれる吐露があり、私は変な胸騒ぎを覚えました。

私も後悔していること、あります。あのとき、もっと自分の身体を大切にすればよかったあのとき、もうひとつ病院に行けばよかった あのとき、信じなければよかった あのとき、、、あのとき、、、

 15年9月に亡くなった女優、川島なお美さんの時もそうであったように、「必ず治りたい」と願いながらも、重要な意思決定を惑わしたり、足を引っ張る「エセ医学」の影響が、ひょっとしたら麻央さんの周辺にも忍び寄ってきたのではないかと感じたからです。