11月17日、安倍総理はGDPの一次速報を受けて、消費税増税延期を決めた。この消費税増税判断に関しては、消費税増税法により、景気弾力条項が設けられており、政権(つまり、総理)が決めるとされており、総理はその条項に従い増税の延期を決めたわけである。

衆院解散後、首相官邸で記者会見する安倍晋三首相=11月21日午後

 この増税判断に関しては、財務省は予定通りの実施を求めており、ここで総理の判断と財務省の間で判断に対する違いが生じたわけである。なぜ、財務省はそこまでして増税にこだわるのか?そこには「財政規律問題」とその根底にある「財政均衡論」が存在する。

  日本の政府は1000兆円を超える大きな債務を抱えており、これを健全化することは政治の使命である。問題はこの債務をいつまでにどのような形で健全化させるかという話になる。よく、国家の債務を家計に例える人がいるがそれは間違っている。なぜなら、国家は通貨発行権を保有しており、徴税権も持っているので、自国通貨建て債務では破綻しない。 

 これを簡単に説明すると 個人の場合、所得以上の支出を続けた場合、簡単に破綻する。国家の場合、税収以上の支出を続けても、お金を刷ることができるので破綻しないわけである。しかし、お金をたくさん刷れば、当然お金の価値が低下してお金の信用が失われる。 


 では、お金の信用とは何かという話になる。 もともとお金とは金の引換券(兌換紙幣)であった。銀行にお金を持ち込むと金と交換してもらえることでお金の信用を担保していたわけである。このような体制を「金本位制」と呼ぶ。そして、この発展版が第二次世界大戦以降続いてきた「ブレトンウッズ体制」である。第二次世界大戦により米国に世界中の金が集まった。米国はその金と両替できるドルを発行し、他国はドルとの両替を保証されたお金を発行することで疑似的な金本位制を取ったわけである。これを「ドル基軸体制」とも呼ぶ。 

 しかし、これは米国のニクソンショック(ドルと金の兌換中止)により崩壊し、現在ではお金と金は直接的に結びついていない。そして、これにより世界の国々は自由にお金を発行できるようになり、支出が税収を上回ってはいけないとする単純な「財政均衡論」は成立しなくなったのだ。 

 では、現在のお金を担保するものは何かという話になるが、それはお金を発行する国の国富(国、企業、個人の純資産)ということになる。そして、国富は景気に左右される。景気が良ければ、株価や不動産の価格も上がり、個人の所得も増加する。その結果、国富全体が底上げされることになる。言い換えれば、景気が改善され国富が増えれば、通貨を増刷しても問題ないという理屈になる。 

 そして、消費税増税の最大の問題は、消費税というものは消費に税金をかけるという構造であるため、消費減退効果が高く、景気を悪化させる要因になるという点にある。アベノミクスにより改善がみられてきた国内の景気指数であるが、今年4月の消費税増税を機に一気に悪化しており、消費税の景気悪化効果を立証するとともに、安倍総理の最大の政治目標であるデフレからの脱却にも赤信号がともったわけである。この現状を受け止め、安倍総理は消費税増税延期を決めたと考えられる。 

 ここで財務省の最大の過ちは何かといえば、例え「税率」を引き上げたとしても、景気が悪化してしまえば元も子もなく税収全体が落ち込むことにある。無理にこれを行えば、国民の負担が増加するだけであり、結果的に財政バランスをさらに悪化しかねないわけである。これでは何の意味もない。財務省は、財政均衡論と財政規律に縛られすぎているとしか言いようがない。

 先述したように、現在の通貨制度では単純な財政均衡論は成立しない。しかし、だからといって、無分別に支出を増やしていいわけでもなく、支出に応じた税収を確保することは、中長期的な国の信用にとって不可欠である。また、税収は景気に左右され、景気が改善されれば自然に増える側面もある。 

 この様ないろいろな要素を踏まえ、デフレからの脱却、景気改善という選択を優先したのが今回の消費税増税延期であるといえる。そして、私はこの判断を正しい判断であったと評価するものである。経済は生き物であり、景気は気に左右される側面も強い。生き物を財務省が主張するように期日通り実施と杓子定規に扱う事は間違っており、状況を見て判断すべきなのである。 

 そして、安倍総理は消費税増税を2017年4月まで延期し、この時までに消費税を上げられる環境を作ると明言した。逆説的に言えば、この時までに上げられる(あげても景気に大きく左右しない)環境を作れなければ、安倍総理が唱える経済政策は失敗ということになるのだろう。日程的には増税の前年2016年7月に参議院選挙もある。これまでに改善されていなければ、次の消費税増税も危うくなり、退陣し、延期や廃止をかけた選挙が再び行われるように思われる。