重村智計(早稲田大学名誉教授)

 北朝鮮北東部の日本海に近い豊渓里(プンゲリ)には、核実験場がある。核実験に携わる人たちの放射能汚染や人権侵害を描いた韓国の小説「豊渓里」が、関係者の注目を集めている。作者は、豊渓里に長年居住した脱北者で、核開発の科学者たちとも交流があった。この中で、ロシアや東欧の科学者たちの存在が初めて確認された。

 外国人科学者は、偵察衛星に発見されないように核実験場や核施設の近くには姿を見せず、都市に住まわせていた。この中に、ミサイル開発の外国人科学者もいた。最近の北朝鮮のミサイル開発の進展は、この外国人科学者のおかげだと言ってもいいようだ。

 北朝鮮は、7月4日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行った。北朝鮮の報道機関は、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が指示書にサインする場面を伝え、指示書の内容を次のように明らかにした。日本では報じられなかった。

平壌駅前の大型スクリーンに映し出される、北朝鮮の
金正恩朝鮮労働党委員長による大陸間弾道ミサイル発射実験
実施命令のサイン=7月4日(共同)
「党中央は、大陸間弾道ロケット試験発射を承認する。7月4日午前9時に発射しろ。金正恩 2017.7.3」

 実はこの表現からは、金委員長が全権掌握にかなり苦労している様子がうかがえる。この指示書で最も重要なのは、「党中央」の表現である。党中央は、後継者として登場する前の金正日(ジョンイル)総書記を意味する代名詞だった。今は金委員長を意味する言葉だが、最後にサインがあるので、文章としてはおかしい。ただ、素直に読めば、党中央を「労働党指導部」と読めないことはない。

 どちらにしろ、今回のICBM成功は「金正恩委員長」と「労働党」の成功である、と強調しているわけだ。つまり、人民軍の成果ではなく、指導者と党の成果で「指導者の偉大な業績」と述べている。「軍でなく党の力」を見せつけようとしているのだ。裏を返すと軍の掌握に苦労している姿が浮かび上がる。

 なぜ、これほど「指導者と党」を強調する必要があるのか。正日氏が残した「先軍政治」にすがる抵抗勢力を排除できない事情がある。金委員長は、軍優先の先軍政治の終了を宣言し、「経済と核の並進路線」に切り替えたが、軍部の抵抗はなお根強い。昨年6月、先軍政治の象徴であった国防委員会を廃止したものの、国防委の下部組織はそのまま維持されているからだ。

 正日氏は、党の権限を弱体化させるために、先軍政治を数十年間展開した。この結果、事実上軍が党よりも権限を持つ事態が生まれた。多くの利権を軍が握っている。金委員長が目指す「経済建設」には、軍が握る利権を引き剥がす必要があるが、これが極めて難しい。軍の協力と努力に言及せずに、「党中央」を強調する理由がここにある。