2017年07月11日 12:07 公開

イラクのハイダル・アバディ首相は10日、過激派組織のいわゆる「イスラム国」(IS)の掃討を目指していた同国北部の主要都市モスルでの勝利を正式に宣言した。

アバディ首相はイラク国旗を振り、「テロリストの偽国家の崩壊」を宣言した。

これに先立ち、モスル旧市街のわずかな地域で戦闘が発生していた。数十人のIS戦闘員が立てこもっているもようだ。

9カ月近く続いたモスルでのIS掃討作戦によって市内は廃墟となり、市民から多数の死者が出た。92万人以上が住まいを失っている。

空爆や地上での作戦遂行でイラク軍を支援していた米国主導の有志連合の司令官は、第2次世界大戦以来の激しい戦闘になったと語った。

アバディ首相は対テロ部隊の作戦室で勝利宣言を行った。先鋭の対テロ部隊は昨年11月に先頭を切ってモスルに入った。

アバディ首相は、「テロリストのダーイシュ(ISの蔑称)が偽のテロ国家を発表したここ、モスルで、その失敗と崩壊と終焉(しゅうえん)を発表する」と述べた。

しかし、アバディ首相は今後も困難が待っていると語った。「この先にも別の任務がある。安定を生み出し、復興し、ダーイシュ分子を一掃することだ。それには、情報収集と安全確保の努力、そしてダーイシュと戦うのを可能にした団結が必要だ」。

米主導の有志連合も、旧市街で爆発装置や隠れているかもしれないIS戦闘員の排除が必要なものの、イラク軍がモスルを「完全に支配下に置いた」と確認した。

イラク駐留米軍のスティーブン・タウンゼンド中将は、イラク軍の「残酷で邪悪な敵に対する歴史的な勝利」への祝辞を述べた。

「この勝利のみで(ISを)取り除けると考えるのは間違いだ。困難な闘いが待っている。しかし、彼らが二都のうち一つ、いわゆるカリフ国家の重要拠点を失ったのは決定的な打撃だ」。

アバディ首相はモスル「解放」宣言を9日に予定していたものの、旧市街の限定的地域でISの抵抗が続いていたことから、延期を余儀なくされた。旧市街はチグリス川の西岸にあり、長さ180メートル、幅45メートルの広さしかない。

イラク軍の将校たちは、市内には数十人のIS戦闘員のみが残っていると考えている。戦闘員らは一緒にいる妻子を人間の盾として使おうとしているという。

戦闘員が立てこもっている地域では、10日も爆発や銃撃戦の音が聞かれた。

これまでの戦闘でモスルには甚大な被害が生じている。国連の推計によると、旧市街だけでも5000棟以上の建物が損壊し、490棟が破壊された。

国連のイラクでの人道支援を指揮するリーズ・グランデ氏は、「モスルで軍事作戦が終わりつつあり、ほっとする。戦闘は終わったかもしれないが、人道危機は終わっていない」と語った。

「避難した多くの人は全てを失った。身を寄せる場所や食べ物、医療サービス、水、衛生環境や救急用品を必要としている。トラウマ(心的外傷)がいかに深刻かは、ほかにあまり例がないほどだ。住民の経験はほぼ想像を絶する」

ISはイラク北部と西部の広大な地域を支配下に置いた後、2014年6月にモスルを占拠した。翌7月にはアブバクル・バグダディ容疑者が、ISの指導者として姿を見せた唯一の場だった「カリフ制国家」樹立の宣言を、同市内の「アル・ヌーリ」モスク(イスラム教礼拝所)で行った。

ISは、ほぼちょうど3年後に同じモスクを爆破した。イラク軍はモスル奪還の攻勢をかけている最中であり、アバディ首相はモスク爆破を「正式な敗北宣言だ」と表現した。

モスルで取材するジョナサン・ビール記者は、ISはモスルで軍事的に敗北したかもしれないが、イラクから排除されたわけではなく、倒錯した思想がなくなったわけでもないと指摘した。

ISはイラクで3つの地域を依然として支配下に置いている。モスルから南東に130キロ離れたハウィジャや、西に65キロ離れたタル・アファルのほか、南西に250キロ離れたユーフラテス川が流れる谷にあるアナからカイムにかけての地域だ。

ISはさらに、隣国シリアでアルブ・カマルやマヤディンを含むユーフラテス川沿いの町を支配下に置いている。しかし、主要拠点となっているラッカは米国が主導する勢力に包囲され攻勢を受けている。

(英語記事 Battle for Mosul: Iraq PM Abadi formally declares victory