土畑重人(京都大学大学院助教)

 5月20日、神戸港に陸揚げされたコンテナの中には、積み荷とともに招かれざる客も乗り込んでいた。その名はヒアリ。国際自然保護連合の「世界の侵略的生物種ワースト100」にリストアップされ、外来生物法の特定外来生物にも指定されている有毒アリである。その後1カ月ほどの間に、名古屋港、大阪南港、東京港、さらには港湾部から輸送された荷物が保管されていた内陸部でもヒアリ発見のニュースが相次いだ(2017年7月11日時点)。

東京・大井ふ頭で見つかったヒアリ=4日(環境省提供)
東京・大井ふ頭で見つかったヒアリ=4日(環境省提供)
 筆者のような基礎科学をもっぱらとするアリ研究者のもとへも各方面からの問い合わせが寄せられたが、これもひとえに、ヒアリが人への健康被害をもたらし、莫大(ばくだい)な経済的損失の原因となる危険生物だからである。長らく時間の問題だといわれていた国内への侵入が確認された今、これ以上の分布拡大をくい止めるべく最大限の努力が払われる必要があると同時に、現前のリスクを「正しく怖がる」態度が重要である。

 ヒアリの被害が最も多く報告されているのは、1930年代から定着している米国南部一帯である。現地では刺されることによる人や家畜への被害や農作物への食害、配線をかじられることによる電気設備への被害も生じ、米国での経済的な損失は年間6,000億円にものぼるという。他の有毒生物とは比べものにならない被害の規模は、ヒアリがもつ「社会性」に起因するところが大きい。

 10万匹以上のアリがコロニーと呼ばれる巣に同居し、コロニーの中では産卵に特化した女王アリと巣を維持する働きアリとが分業体制を敷いている。ヒアリの働きアリは非常に攻撃的であり、また女王アリは1時間に80個もの卵を産む能力があるとされるが、これらも効率的な分業体制によって可能になっているものと考えられる。生物進化の歴史の中でヒアリが獲得した「社会性」が、同じく社会性を持ったわれわれにとってのリスクとなっていることはなんとも皮肉である。

 ヒアリの原産地は南米であるが、世界の温帯・熱帯地域で繁殖できる能力を持っているとされ、北米を経由地とした分布拡大は、現在でも世界的な規模で続いている。21世紀に入ってからはオーストラリアやニュージーランド、さらには中国、台湾、東南アジア諸国への侵入が報告されている。これらはすべて、今回の日本への侵入と同じく物流を介して生じたと思われ、経済活動のグローバル化が意図せぬ弊害をもたらした格好だ。

 ヒアリ発見のニュースの中で筆者が驚いたのは、輸入されたコンテナが国内でも頻繁に移動しているという事実である。ヒアリの自然状態(巣の移動や翅アリの飛翔)での分布拡大能力は米国での事例では年に10キロメートル程度とされる。しかし、物流に伴う人為的な移動はそれをしのぐスピードで国内の港湾など物流拠点間での飛び火的な移動を助長する可能性がある。ヒアリは幹線道路脇や都市公園など人工的な環境に好んで生息するため、いったん物流拠点での定着を許してしまうとその後の陸続きの分布拡大にも同時並行的な対処が必要となってしまう。