どちらに転んでも不人気にならざるを得ないテーマが争点化するのを避けているのか、安倍政権は発足以来、とくにエネルギー政策について歯切れの悪さが目立つ。民主党の政策が事実上継続されており、このままではエネルギー政策で投票先は選べない。不都合な真実を糊塗して国民を騙すばかりの民主党政権のエネルギー政策は、誰かが早くリセットしなければいけない。参議院選挙明けの安倍政権に対し、エネルギー政策の棚卸しを強く求めた『WEDGE』2013年9月号の特集記事を再掲する。

 2013年9月1日から東北電力、四国電力、北海道電力が家庭用の電気料金を7.7〜9.4%引き上げる。12年9月には東京電力が、13年5月には関西電力、九州電力が既に値上げを実施している。

 値上げの原因は、原発停止分を代替している火力発電の燃料費だ。火力発電は全体の約9割に上っている。経済産業省の電力需給検証小委員会の資料によると、13年度の原発停止による燃料費増は3.8円。これがそのまま電気料金にはねかえれば、1kWhあたり約4円の上昇となる。震災前の平均原価は1kWhあたり16円強だから、電気料金は約25%上がってもおかしくない計算となる。

 しかし、6社の値上げ幅は、家庭用で約7〜9%、産業用で約12〜17%に留まっている。これだけ差があるのは、経済産業大臣の「査定」で約2〜3%原価が削られたこともあるが、もともとの値上げ申請が、ある程度の原発再稼働を織り込んでいるためだ。最初に値上げ申請した東電が前提にしていたのは、柏崎刈羽原発が13年4月に再稼働することだった。実際は13年度中の再稼働ですら危ぶまれている。

 これは他の電力会社も同様だ。11年度から13年度までの9社の燃料費合計(一部推計)と、手当てできている原価算定分を比較すると図1に示したような開きがある。各社は他経費の削減でも間に合わず、合計で1兆円台の赤字を出して燃料費を賄っている。


電気料金は再稼働を織り込まずに値上げせよ

そうしなければ原子力停止の痛みがわからない


 7月に新規制基準の適合性審査が始まったが、審査には約半年かかると言われている。第一陣でも今年度末の再稼働となると、各社は今年度も大幅赤字になるだろう。

 本来、脱原発を進めるのならば、その分の電気料金値上げを国民に引き受けてもらわなければならないはずだ。つまり、まず電気料金を約25%(多少査定したとしても少なくとも約2割は)引き上げるべきだったのではないか。そうして初めて、脱原発のコストが明らかになり、国民が正しく選択することができる。

 民主党政権は、この電気料金の大幅上昇が国民の眼にうつらないよう、現実を糊塗し続けた。原発事故の対応や賠償で資金が不足し、値上げを真っ先に行いたい東電に対し、実質国有化と時期を同じくすることで厳しいリストラと査定を飲み込ませた。総合特別事業計画として14年3月期の黒字化を絶対条件とするために、柏崎原発再稼働を認める気もないのに計画として織り込ませる。東電の値上げ申請と査定は他電力のひな型となり、まるで燃料費増をカバーできない中途半端な値上げが続いているのである。

 電気料金が2割上がれば、経済に与える影響は大きい。政局は消費税を3%上げるかどうかに注目が集まり、税上げが景気を冷やすことを心配する意見があるが、税収はいずれ国内を循環する。資源国に垂れ流される3.8兆円と、それに伴う電気料金の上昇のほうが余程問題のはずだ。原発を止めても、停電にならず、電気料金が1割弱上がっただけだと受け止めている国民は多い。脱原発のコストをきちんと認識してもらうことが必要だ。

民主党政権の世論迎合と事実隠し
米国に止められるまでその現実性のなさに気づかない


 民主党政権の行った世論迎合と不都合な事実の糊塗は枚挙に暇がない。 

 ひとつは、原子力事故の責任は東京電力が第一義的に全て負う、としたことだ。原子力損害賠償法が不明確だったということもあるが、巨大な天変地異の際に適用とするとなっていた「ただし書き」を適用せず、東京電力の無限責任で押し通した(図2)。

 その結果、賠償も除染も、国有化された東電が超長期に亘って少しずつ電気料金で弁済していく形となり、無規律な状況に陥っている。国でも民間でも、責任ある主体が賠償や除染の責任を負っていれば、どこまで支払うべきかという議論が巻き起こり、一定の合理的な水準が導かれるだろうが、ゾンビ状態と化した国有化東電にその歯止め役は期待できない。その結果、1mSvという除染目標を細野豪志環境相らが無責任に口走り、福島の帰還や復興を逆に遅らせている。

 原発事故対応の不手際への批判をそらしたい菅直人首相(当時)は、自らの生きる道を「原発ゼロ」に定めた。中電浜岡原発への停止要請、九電玄海原発の再稼働中止、法的根拠のないストレステスト義務付けなど、「超法規的措置」を重ねに重ねて原発を全面停止に追い込んだ。

 さらに、原発の代替は現実には火力発電なのに、再生可能エネルギーへの期待感を煽ることでその現実をごまかした。自らの首と引き換えに「再エネ固定買取法案」をぶち上げ、固定価格買取制度(FIT)を導入する。

 続く野田佳彦政権は、2代前の鳩山由紀夫首相がぶちあげた温室効果ガス25%削減と、1代前の菅首相が掲げた脱原発を同時に満たすために、原発の発電量を再エネが代替するという明らかに無理のあるエネルギー計画を立て、「革新的エネルギー・環境戦略」と呼称した。これは革新的でもなんでもなく、「原発ゼロでも経済成長」と詭弁を弄し(図3)、経済成長率を抑え再エネを現実感なく大量導入することで辻褄を合わせるという、お粗末なエネルギー計画だった(図4、5)。 結局、米国に核燃料サイクル施策と脱原発戦略の不整合を指摘される始末となった。2030年代に原発ゼロを謳った革新的エネルギー・環境戦略は、「柔軟性をもって不断の検証と見直しを行いながら遂行する」という中途半端な形で閣議決定することとなった。

自らの責任を問われないようにするための発送電分離
「電力叩き」に騙されてはいけない


 さらに、枝野幸男経産相(当時)は、電力会社に国民の眼を向けさせるために、発送電分離(電力システム改革)を推し進めた(図6)。まるで電力料金が上がるのは、電力会社のムダの多い総括原価方式のせいだといわんばかりに、電力自由化を進めれば電気料金が下がるかのようなイメージを喧伝した。しかし、欧米の先行事例を見ると(図7、8)、決して自由化で電気料金下がるわけではない。そもそも、自由化は発電部門に余裕があって競争を促進すべきときに導入する施策であって、現在ほど電力需給が逼迫しているときに推進すべき政策ではない。
 菅政権の「原発ゼロ」戦略は、一応閣議決定されたエネルギー計画として、あるいはFIT法、発送電分離として、さらには新規制基準に埋め込まれた40年廃炉条項や活断層条項として、あちこちにタネがまかれている。この不合理で著しく高コストな一連のエネルギー政策を根幹から一新すべきだ。そうしないと、タネから出た芽がアベノミクスに絡みついてしまうだろう。(Wedge編集部)