言いにくいことでもはっきり言いたい。それもメディアの一つの使命ではないか――

 そんな書き出しで始めた『WEDGE』2013年9月号の特集記事「今こそ原子力に舵を切れ」は、かなり大きな反響があった。即時原発ゼロ、踏み込んだとしても将来的な原子力ゼロあるいは原子力比率の低減を掲げる意見が多い中で、なぜあえて「原子力推進」の論調を張ったのか。一言でいえば、それこそが子孫に対する責任だと考えたからだ。

 特集記事のなかで、賛否両論、様々な意見をいただいた記事をここに再掲する。


 「なぜ民主党のエネルギー政策をリセットしないのか」と題した記事で取り上げた、燃料費増年間3・8兆円の詳細は図9の通りである。

 ただただ資源国に垂れ流されるだけのこの国富を抑制する手段は原発再稼働しかない(節電などで電力需要を無理に抑える方法は経済や生活に与える影響が大きい)。

石油輸入額激増のインパクト


 内訳を見ると、燃料費増3.8兆円の3分の2を石油が占めていることがわかる。震災前、原子力、石油火力、LNG(液化天然ガス)火力はそれぞれ総発電量の約3割、約5%、約3割を占めていた。現在、原子力は大飯原発だけなので約2%まで落ち込んでいる。差の28%は、LNG火力と石油火力が半分ずつ受け持つようなイメージになっている。

 図11にあるように、石油火力は発電コストがべらぼうに高い。電力会社も極力使いたくないのだが、他の発電設備を使い切っているため、使わざるを得ないのだ。石油火力が燃料費増に大きなインパクトを与えている。

 震災前のデータだが、図10のとおり、石油の中東依存度は約9割とかなり高い。LNGも、カタール産の輸入を増やしているため、中東依存度は上昇している。中東に依存した石油やLNGに電力供給の枢要な部分を委ねてしまっている(しかももう代わりになる発電設備はない)現状は、かなり危ない状況と考えるべきだ。イスラエル情勢もイラン情勢も決して安定していない。

 また、膨大な燃料輸入は国の貿易収支はおろか経常収支まで赤字に追い込んでおり、投資家の日本国債への信認の基礎も大きく揺るがしてしまっている。消費税上げも重要だが、この輸入燃料費をいかに抑えるか、つまりいかに早く原発を大規模に再稼働するかは、国家としての喫緊の課題である。

発電コストと価格変動の感受性


 以上は短期的な視点だが、中長期的視点から見ても、日本にとっての原子力の必要性は変わらない。

 まず、発電コストである。この数字は過去の実績値から弾いた数字ではなく、いま新たに建設したとしたら発電量1kWhあたりでどちらが安いか高いかが把握できるコストである。

 図11を見ると、脱原発を推し進めたい民主党政権下で弾かれた数値なのだが、原子力が依然としてもっとも安い電源であることがわかる。この単価には、原子力の事故費用として5.8兆円が既に盛り込まれて、事故の損害額が1兆円増えるごとに発電コストが0.1円上がる計算だ。つまり、事故費用が16兆円規模であれば、発電コストは1円増加し9.9円(石炭火力とLNG火力の間)となるし、26兆円規模であれば10.9円(LNG火力の少し上)となる。

 事故費用を織り込めば原子力と火力の発電コストはほぼ同等ということだが、考えなければならないのは、燃料費変動に対する感受性である。図11のとおり、火力の発電コストの多くは燃料費のため、燃料価格の変動をもろに受ける。とくに、LNG火力と石油火力は燃料価格に対する感受性が高い。逆に原子力は燃料費の比率が非常に低いため、燃料価格への感受性はほとんどない。しかもそもそも原油価格とウラン価格では変動幅(ボラティリティ)が全く異なるため(図12)、両方の要素で原子力の安定性は捨て難い。

 全ての資源を輸入している日本がもっとも重視しなければならないのはエネルギーセキュリティだろう。考えうるどんな危機が訪れても安定供給を確保するには、化石燃料に強く依存するのは避けるべきだ。原子力は、オイルショック以降発電量が大きく伸ばした。その経験を忘れてはならない。

 さらに、原子力には資源備蓄の優位性もある。同じエネルギーを得るための体積が化石燃料に比べて圧倒的に小さいため、ウランは備蓄に向くのだ。海水ウランという可能性もある。 図13にあるように、エネルギー自給率の低い国は概ね原子力に熱心である。中期的な観点で見ても、少資源国にとって原子力の合理性は揺るがない。

人類の未来と原子力の位置づけ


 さらに長期的な視線でみればどうか。世界の人口は2050年には96億人に達すると言われている(図15)。この100年の人口の増加とエネルギー消費量の増加は、人類がかつて体験したことのない異常なゾーンに入ってきている。日本が新興国などに対し、相対的な地位を低下させていくのが確実といわれているなかで、化石燃料をこれまで通り確保していくことは本当に可能だろうか。

 そういう現実を直視しているからこそ、世界の国々は福島事故後も決して原子力を捨ててはいない(図14)。米国で開発された軽水炉技術は、長い時間をかけて、日本企業が自らのものとして磨いてきた。名門・米ウェスチングハウスは東芝が買収し、米GEは提携した日立の力を必要としている。

 トラブルに陥っても放射性物質を原理的に外に出さない次世代炉の開発が世界中で進められている。26〜28頁で書面インタビューに答えてくれたロバート・ストーン監督のように、地球環境保護や途上国の未来のために、日本の原発技術力に期待する声もある(参考記事「なぜ環境保護派が原子力を支持するのか」。

 だが、資源を生み出す夢の技術である高速増殖炉では、日本が世界の先頭を走ってきたが、世論の強い抵抗を受けているうちに、ロシアや中国などに巻き返され始めている。 福島第一原発事故があったから、この技術体系を丸ごと捨ててしまうというのは、人類の未来に対する責任から逃げることになりはしないだろうか。

 スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故の直後に、当時のレーガン米大統領が発した有名なメッセージを紹介しておきたい。

 「私は、スペースシャトルの発射の生中継を見ていたアメリカの児童・学生の皆さんに申し上げたいことがあります。 私は、この事実が皆さんにとって受け止め難いものであることを理解しています。しかしながら今回の事件のような悲痛に満ちたことが時として起こってしまうのです。今回の事件は探検と発見の道のりの一部なのです。未来は臆病さに基づくのではなく、勇敢さから招来するものなのです。 チャレンジャー号の乗組員たちは私たちを未来に導こうとしていました。ですから、私たちは彼らの後を追って継続していくべきなのです。 私は常に、わが国の宇宙計画に対して絶大な信頼と尊敬を抱き続けてきました。そして今日発生してしまった出来事によってその想いが萎むことは一切ありません。 私たちは自分たちの宇宙計画から耳目を背けることはしません」。(Wedge編集部)