選挙結果が出た。自公与党の圧勝である。だが、そこに「歴史的」と形容するような高揚感はない。本気で政権に挑戦しない野党のていたらくを前に、与党の勝利はわかりきっていたというのはあるだろう。05年の郵政選挙では、構造改革路線という一つの方向に進んでいくという高揚感があった。09年の政権交代選挙でも、12年の自民党の政権復帰の選挙でも何かが変わるという不安と期待が背中合わせとなった感覚があった。今回は、それがない。

 野党や一部のメディアが言うように解散に「大義がなかった」と言いたいのではない。国民の信任を通じて得られた政治的エネルギーをどのように使うのかが、気がかりなのである。

 日本という国は岐路に立っている。すべての国民に明らかでないだけで、危機と言ってもいいレベルである。先延ばしにした増税を発動できるところまで経済を成長させることも、中期的に財政を持続可能なところまでもっと行くことも、けしてハードルは低くない。そのためには、国民に痛みを強いる社会保障改革も、与党や霞が関の権力基盤を掘りくずす規制改革も必要である。信を問う大義は十分すぎるほどあったわけだ。問題は、与党がアベノミクスの信任という以外、これからは苦い薬も飲まなければいけないことを示さなかったことである。そんな与党を追いこめなかった野党の力不足も罪深い。

 ともあれ、国民は安倍総理と自公政権に圧倒的多数を託した。アベノミクスも、第三の矢も、もはや結果を出せない言い訳はなくなった。いまこそ、仕事をするときである。政権与党にあっては、適齢期だというだけで実力のない方を大臣にするなどもってのほかである。日本がデフレに苦しんだ15年間の一番の変化はグローバル化であろう。改革のスピード感もグローバルな基準で判断される世界だ。小回りの効くシンガポールや、民主主義の制約に縛られない中国と比較される中で結果を出さないといけない。与党が得た2/3に迫る議席は、このスピード感に使っていただきたい。

 議席を増やした野党第一党の民主党には、安倍政権との対決姿勢を出すために政権の改革アジェンダに反対し、「やさしい」主張を展開する誘因があるだろう。短期的には、国民の人気も高まるかもしれない。が、それはかつての社会党が歩んだ万年野党への道であり、日本の将来のためにぜひ思いとどまっていただきたい。他の野党と手を結びながら、あるいは維新が築きあげた地方分権のエネルギーも取り込みながら、正々堂々と与党と経済改革を競ってほしい。それが、日本の政治に健全な緊張感を取り戻す唯一の道であり、野党が社会にとって前向きな変化を起こす存在となれるかの分かれ目である。