この夏も例えば7月8日、「さいたま市の県営球場で行われた埼玉大会開会式で、野球部員と観客の高校生ら合わせて13人が気分が悪いと訴えた。このうち野球部員で高校1年の男子生徒一人は、意識が混濁した状態で病院に搬送された」とNHKはじめ各局のニュースが伝えた。併せて「水戸市で行われた茨城大会の開会式でもグラウンドにいた高校生の男女7人が熱中症とみられる症状を訴えて医務室などで手当てを受けた」との報道もあった。

 一人が意識混濁した状態で病院に搬送された。この重大な出来事を高野連はどのような立場、どんな認識で受けとめているのか? 倒れた当事者の問題なのか? 引率していたチームの責任なのか? 高野連が大会の時期、開会式の時間を変更していれば避けられる課題ではないか?

 私はいま、中学硬式野球(リトルシニア)の監督を務めている。当初は真夏でも頑張って練習するのが当たり前と考えていた。しかし、選手たちと数年過ごすうち、認識を改めた。昨今の猛暑は、私たちが子どものころと質も激しさも違う。そして、最近の子どもたちは明らかにわれわれ世代より暑さに慣れていない。30年前とか、40年前の常識で「暑い中での高校野球を賛美する根性主義や感傷」をいまも持ち続けるのは危険だと、はっきり気がついた。しかも、猛暑の中で練習や試合を連日繰り返せば、野球に行くのが嫌になる、やめたいという考えが頭をもたげるのも自然だ。こうして、野球界が貴重な人材を失っている現実に、高野連や関係者は気づいていないのだろうか。
高校野球、水戸一鹿島学園。午前9時59分に始まった試合が終わり、スコアボードの時計は午後3時を超えていた=7月10日、水戸市民球場
高校野球、水戸一鹿島学園。午前9時59分に始まった試合が終わり、スコアボードの時計は午後3時を超えていた=7月10日、水戸市民球場
 「根性のないヤツは去れ」「暑さで倒れるような選手は要らない」

 本当にそんな考えで、「教育的」と言えるのだろうか? 選手や生徒の安全を第一に考えず、危険に晒(さら)すことで心身が鍛えられると決めつけるのは、精神主義そのものだ。

 実際、生徒が病院に搬送される事態が常態化しているのに、教育者である高校の校長や監督、部長が、警鐘を鳴らし、高野連に改善を求める動きが一切ないのはなぜだろうか?

 教育者たちは球児に、そして半強制的に応援にかりだす一般生徒たちに、猛暑の中でどんな教育を施そうとしているのか? それこそ、戦時中の価値観をも想像させる、不思議なメンタリティーだ。アンタッチャブルな高野連。何が怖くて、誰も高野連に物を言わないのか。