新政権に求めることは、まず「社会を分断する」ものであってはならない、ということだ。この十数年、日本社会はふたつの意味で分断されてきたと思う。ひとつは経済的分断、もうひとつは認識上の分断だ。

 経済的分断とは経済格差のことだ。日本の経済格差が深刻な背景には、1)長期のデフレ不況、2)低所得者層への再分配政策の失敗を代表的にあげることができる。

 長期のデフレ不況は、2400万人にも上るといわれる低所得者層を生み出し、また高い失業率とブラック企業に代表される厳しい雇用環境に多くの国民を追いやった。また低所得者層の状況は、政府が介入することでかえって悪化している。例えば消費税は社会保障の充実を目標にしていると宣伝されることが多いだろう。だが現状では低所得者層からより多くのお金を搾り取ってしまっている。

 認識上の分断も深刻だ。代表的例をふたつあげれば、対抗的ナショナリズムの勃興と「逃げ切り世代」の価値観の浸透だ。

 例えば、在日外国人への敵意や反発は深刻である。対抗的ナショナリズムに魅かれるものと反発を感じるものとの認識(イデオロギー)上の対立は、しばしばヘイトスピーチをめぐる問題としても顕在化している。もちろん国外をみれば、韓国・中国など近隣諸国への敵意(対抗)の意識はきわめて強くなっている。

 「逃げ切り世代」とはエコノミストの安達誠司氏の言葉だ。逃げ切り世代は年金や医療などで現役世代から所得移転を受けている高齢層である。逃げ切り世代の根源的な発想はリスク回避的なものだ。わかりやすくいえば「経済はもう成長しない」や「清貧の思想」に代表される思考パターンである。特に経済が成長して、若い世代がリスクを取ることが容易な環境になれば、自分たちの既得権が侵されるのではないかと懸念している心性(マインド)だ。社会の高齢化もあるだろうが、他方で長期の経済低迷が「逃げ切り世代」のリスク回避的価値観を浸透しやすくしているだろう。


 新政権に最低限望むことは、上記の経済的分断と認識上の分断をこれ以上、政府がわざわざ介入することで悪化させないことだ。そして最善には、これらの分断を修復することが望ましい。
 経済的分断については、まずデフレ不況脱却が最優先される。8%に引き上げた消費増税の悪影響は深刻である。いま現在、各種の経済統計をみると雇用状況は改善しているように見えるが、雇用を推しはかる指標は実体経済に遅れたものになる。このまま状況を放置していれば、早晩、雇用環境は悪化していくだろう。それを食い止めるためには、早急に財政政策と金融政策の両輪を積極的に活用する必要がある。財政政策であれば、所得の低い層を中心に総額10兆円規模の所得給付を行うことが望ましい。さらに日本銀行の追加緩和も必要だ。

 政府と日本銀行が共同声明を行い、いまの目標である「名目成長率3%、実質成長率2%」を引き上げて「名目成長率4%、実質成長率2%」にすることは、これからの持続的な経済成長の安定化のためにも重要だと考える。

 認識上の対立はどうだろうか? 「逃げ切り世代」の価値観の浸透については、その発生理由の多くが経済低迷をうけてのものだった。経済がダイナミズムを回復すれば、「逃げ切り世代」の価値観と対抗できる若い世代の価値観が社会で注目される可能性も増える。それがなんなのかいまはわからない。いや、わからないからこそいいではないか。

 問題は、対抗的ナショナリズムだろう。今年の6月、報道によれば日中韓三カ国の関係改善を求める経済学者たちの提言を、安倍晋三首相は受取を拒否したという。この提言は経済学者の河合正弘、浜田宏一氏らが中心になったものである。この提言には、三カ国が軍事的衝突に陥った場合の経済的損失が試算されている。結論はアジア経済圏の成長の終焉という深刻なものである。もちろん経済的損失だけではない。失われるかもしれない人命こそ重要だ。

 安倍首相の外交術は巧みであるという評価もある(高橋洋一『バカな外交論』(あさ出版)参照)一方で、近隣諸国とのより一層の対立を懸念し、または集団的自衛権を認めることで米国の軍事的従属化がすすむことを懸念する声も大きい。

 安全保障の問題に関連して社会の認識(イデオロギー)上の対立が過激化してしまえば、それは社会の分断を加速化してしまうだろう。経済的な安定化は、対抗的ナショナリズムをある程度鎮めることができるかもしれない。だが他方で、高度成長時代においてもしばしば安全保障の問題については、過激な社会対立が随所で見られたことを忘れてはならない。

 安倍首相の長期的な目標は憲法改正だろう。今回の衆院選の大勝によって、今後この長期的目標がより具体的に政治的メニューにあがってくることは不可避である。このとき社会の分断が加速化しないこと、それを政権に期待するだけではなく、むしろわれわれ国民がしっかりと判断していかなければならない。