もちろん、着物をレンタルして写真を撮ったり、一日で売ってしまうであろう最新アイテムを手にしてそれらしい場所で写真を撮ったりするのも、体験といえば体験かもしれません。しかし、本当に自分自身の体験を大切にするなら、着物のレンタルはともかく、高価なアイテムを1日で売り払ったりはせず、もっと使い勝手を確かめてみるのではないでしょうか。やはり、インスタグラムのアカウントの見栄えをよくして、他人に見せびらかすことに重きが置かれていて、体験は二の次になっていると想定せずにはいられません。

 私個人としては、「プリント倶楽部」がブームになっていた90年代を思い出しても、女子という人々は、男子に比べて物神崇拝のきらいが乏しく、モノより体験を、あるいは、関係性を見せびらかして承認欲求を満たす性質が強かったように思います。そうした体験や関係性を見せびらかすためのツールとして、インスタグラムはとても便利なツールです。いや、おそらく便利過ぎるのでしょう。自分が見せたいものだけを、自分が見せたいように並べて編集して投稿できるツールが、女子の標準装備になってしまいました。これは、何気に大変なことなのではないでしょうか。

 いや、女子だけを挙げるのは間違いでしょう。今では、男子や中年男女もインスタグラムのアカウントをつくって、自分の見せたいものだけを見せたいように陳列したキャラを立ち上げて、せっせと「いいね」を集めています。それが当たり前になってしまいました。

 昨今、インスタジェニックなシーンのために買い物や旅行に狂奔する、「インスタグラム女子のキラキラアカウント」的なエピソードが、面白おかしく紹介されるのを目にします。もちろん、そのような極端なアカウントは多数派とも思えません。ですが、そういった記事に注目が集まるということは、ユーザーの少なからぬ割合が、それに近いアカウントに出合っているか、自分自身に思い当たる節があるか、どちらかではあるのでしょう。

 インスタグラムで「いいね」を集めて承認欲求を満たすことに夢中になっている人たちは、モノを、体験を、関係性を、どこまで愛しているのでしょうか。もし、本当は承認欲求にしか眼中に無くなって、そのためなら手段を選ばなくなってしまっているとしたら、その人は本当に幸福だといえるのでしょうか。そのあたりが、私にはよくわかりません。

 ただし、インスタグラムで「いいね」を集めまくっている現代人を、不幸でかわいそうな人々だと言い切ってしまうのも難しいように思います。