松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者、「自衛隊を活かす会」事務局長)

 8月3日に迫った内閣改造も待てないほど安倍内閣は追い込まれていた。そう印象づける稲田朋美防衛大臣の辞任である。実際、防衛省の事務方トップと陸上自衛隊のトップが責任を取るのに、事の真相はどうあれ、防衛大臣だけが辞任しないで済むとなれば、その衝撃は計り知れないほど大きかっただろう。

 iRONNAに私の「自衛官の『矛盾』を放置し信頼を失った稲田氏は潔く身を引くべきだ」という論考が掲載されたのが3月末。稲田氏がこの時点で辞任していたら、安倍内閣の傷はこれほどのものにならなかったはずだ。

 何よりも、東京都議選で自民党候補を応援する場での「自衛隊としてお願いする」発言は、稲田氏の防衛大臣としての資質を大きく疑わせるものだった。自衛隊は、過去に違憲判決もあったことなどから、どうすれば国民に支持されるかを探ってきた。政治的な争いから身を引いた場に自分を置くことも、その一環であった。稲田氏の発言は、本人が自覚していたかどうかは別にして「自衛隊は自民党のものだ」とする立場を鮮明にするものであり、自衛隊が模索してきたものとは真逆の立ち位置である。言葉は悪いが、中国人民解放軍が共産党の軍隊だとされていることと同じなのである。

都議選の自民党候補を応援する集会で演説する稲田防衛相=6月27日、東京都板橋区
都議選の自民党候補を応援する集会で演説する稲田防衛相
=6月27日、東京都板橋区
 これは、安倍首相が最大の目標と位置づける憲法改正に深刻な影響を与える性格の問題だけに、その時点で首相はもっと敏感にならなければいけなかった。安倍首相は5月3日、憲法9条の1項2項はそのまま残して、自衛隊の存在を別項で位置づけるという「加憲案」を提示した。これに対する評価は立場によりマチマチだが、首相の言明によると、憲法解釈は変えないで自衛隊の合憲性を明確にするものだとされ、当初の世論調査では支持が高かった。9条を残すことで護憲派に配慮し、国民の支持が高い自衛隊を明記するというわけだから、反対するのは簡単ではないのである。

 しかし、この案が多数の支持を得るのが可能になるのも、自衛隊の政治的中立性が保たれているという安心感が国民の中に存在してこそである。河野克俊統合幕僚長が「一自衛官として申し上げるならば、自衛隊の根拠規定が憲法に明記されるということであれば、非常にありがたいと思う」と発言し、自衛官のそういう気持ちは私もよく理解できる。しかし、政治的に深刻な争いになっている問題で、一方の側だけに加担するというのは、自衛隊の基本的な性格に関わる問題であった。

 「自衛隊は自民党の軍隊」という前提に立った稲田氏の発言の衝撃度は、河野氏の発言の比ではなかった。現在の自衛隊について憲法上の位置づけを明確にするだけということだったのに、その自衛隊はかつてのような国民の支持を模索する自衛隊ではなく、特定党派の自衛隊というのだから、国民は皮膚感覚で加憲案に胡散(うさん)臭さを感じたのではないだろうか。安倍内閣の支持率とともに加憲案への支持も低下しているのは当然である。