櫻田淳(東洋学園大学教授)

 この度の選挙は、実質上、安倍晋三内閣への「信任」を問う性格のものであった。自民、公明両党の獲得議席数が合わせて衆議院総議席の3分の2を超えた選挙結果は、たとえ投票率が低かった事実を考慮したとしても、その「信任」の明白さを内外に示すものとなろう。

何を行うかが問われる


 もっとも選挙の結果には、民主党の復調、共産党の躍進、維新の党の現状維持という点を考慮しても、野党各党の「自壊」や「無力」という趣が濃厚に漂っている。事実、『時事通信』配信記事によれば、枝野幸男民主党幹事長は、既に選挙公示前の時点で「次の選挙のときには政権の選択肢として認めていただけるような議席を獲得したい」と述べ、暗に「政権奪回」を諦めていた。

 また、『しんぶん赤旗』の記事によれば、橋下徹大阪市長(維新の党共同代表)は、投票日前日の時点で、「もう維新の党、はっきり言って負けます」と発言した。

 世の人々が政治家を評価する際の指標は、実は、政治家が訴える「政策の中身」というよりも、政治家が伝える「誠実」「信頼」「熱意」といった徳目である。こうした徳目において、野党各党が自民、公明両党を上回っていたとは判じ難い。その意味では、この度の選挙は、「初めから結果が見えていた選挙」であったといえよう。

 安倍首相が実質上、2018年までの任期を手にしたとは既に語られているけれども、実際は、安倍首相の執政の下で「東京2020」の催事を迎える光景も視野に入ってきたかもしれない。それならば、18年、あるいは20年までに、何が行われるかが問われなければなるまい。

 選挙後、もし、「アベノミクス」と総称される一連の経済政策が成功して、日本の「活力」が戻ることになれば、そして「積極的平和主義」の文脈で説かれた日本の信条が多くの国々に広く受けいれられ、日本の安全保障に係る態勢が盤石になれば、この度の選挙は、「戦後日本の『中興』に途を開いた選挙」として後世、語られるかもしれない。



「経済」業績の裏に長期執政


 選挙期間中、「アベノミクス」の果実が、なかなか社会や地方の隅々まで行き渡らない、という批判が示された。けれども、そもそも過去20年近く続いた経済停滞が、この2年だけの努力によって克服できると信じるのは、率直に楽観的に過ぎよう。

 振り返れば、吉田茂、コンラート・アデナウアー、シャルル・ド・ゴール、ロナルド・レーガンのように、戦後国際政治史に名を刻んだ各国保守政治指導者の業績の筆頭として語られるのは、それぞれの祖国における「経済の再生」であったけれども、その業績の裏付けになったのは、5年から十数年に及ぶ長期の執政であった。

 民主主義体制とは、本質的に「待つこと」を厭(いと)う政治体制であるけれども、その「待つこと」の要を説くのも、政治家の役割なのである。

 加えて、この度の選挙の結果は、憲法改正への機運を高めるであろうし、安倍首相もまた、それを手掛けたいと願っているであろう。

 しかし、安全保障に係る態勢を盤石にする観点から大事なのは、集団的自衛権を織り込んだ上で日米同盟の「深化」を進める法制整備を急ぐことであり、それを基軸にして、豪印両国やASEAN(東南アジア諸国連合)を加えた「アジア・太平洋版NATO(北大西洋条約機構)」とも呼ぶべき枠組みの構築に踏み込むことである。

国際安全保障構想への視点


 在日米軍基地に係る沖縄の過剰な負担もまた、こうした「アジア・太平洋版NATO」の枠組みを構築できてこそ、確実な軽減に道を開くことができる。この枠組みの下でならば、対中牽制(けんせい)をにらんだ「前線拠点」としての役割や負担は、沖縄だけではなく、フィリピンやベトナムのような国々も引き受けることになるであろう。沖縄が直面する課題もまた、こうした国際安全保障構想への視点が欠ければ、対応できないものなのではないか。

 故に、憲法改正それ自体は、日本の安全保障環境を劇的に変える「政策対応」の根拠というよりは、戦後日本の「中興」が成ったことを寿(ことほ)ぐ意味合いで行われる一種の「儀式」の類いになりつつある。

 そうであるとすれば、安倍首相は、憲法改正という「儀式」の挙行を後継内閣に譲るぐらいの心積もりで、現下の諸々の政策を断行することに専念するのがよろしかろう。戦後日本の「中興」が依然として道半ばであることを思えば、憲法改正という一大政治事業に精力を費やしている暇はないのではないか。

 選挙は終わった。安倍首相は戦後日本の「中興の祖」になることができるのか。「アベノミクス」うんぬんよりも、そうしたことに注目するのが有意義であろう。

 もっとも選挙の結果には、民主党の復調、共産党の躍進、維新の党の現状維持という点を考慮しても、野党各党の「自壊」や「無力」という趣が濃厚に漂っている。事実、『時事通信』配信記事によれば、枝野幸男民主党幹事長は、既に選挙公示前の時点で「次の選挙のときには政権の選択肢として認めていただけるような議席を獲得したい」と述べ、暗に「政権奪回」を諦めていた。

 また、『しんぶん赤旗』の記事によれば、橋下徹大阪市長(維新の党共同代表)は、投票日前日の時点で、「もう維新の党、はっきり言って負けます」と発言した。

 世の人々が政治家を評価する際の指標は、実は、政治家が訴える「政策の中身」というよりも、政治家が伝える「誠実」「信頼」「熱意」といった徳目である。こうした徳目において、野党各党が自民、公明両党を上回っていたとは判じ難い。その意味では、この度の選挙は、「初めから結果が見えていた選挙」であったといえよう。

 安倍首相が実質上、2018年までの任期を手にしたとは既に語られているけれども、実際は、安倍首相の執政の下で「東京2020」の催事を迎える光景も視野に入ってきたかもしれない。それならば、18年、あるいは20年までに、何が行われるかが問われなければなるまい。

 選挙後、もし、「アベノミクス」と総称される一連の経済政策が成功して、日本の「活力」が戻ることになれば、そして「積極的平和主義」の文脈で説かれた日本の信条が多くの国々に広く受けいれられ、日本の安全保障に係る態勢が盤石になれば、この度の選挙は、「戦後日本の『中興』に途を開いた選挙」として後世、語られるかもしれない。

「経済」業績の裏に長期執政


 選挙期間中、「アベノミクス」の果実が、なかなか社会や地方の隅々まで行き渡らない、という批判が示された。けれども、そもそも過去20年近く続いた経済停滞が、この2年だけの努力によって克服できると信じるのは、率直に楽観的に過ぎよう。

 振り返れば、吉田茂、コンラート・アデナウアー、シャルル・ド・ゴール、ロナルド・レーガンのように、戦後国際政治史に名を刻んだ各国保守政治指導者の業績の筆頭として語られるのは、それぞれの祖国における「経済の再生」であったけれども、その業績の裏付けになったのは、5年から十数年に及ぶ長期の執政であった。

 民主主義体制とは、本質的に「待つこと」を厭(いと)う政治体制であるけれども、その「待つこと」の要を説くのも、政治家の役割なのである。

 加えて、この度の選挙の結果は、憲法改正への機運を高めるであろうし、安倍首相もまた、それを手掛けたいと願っているであろう。

 しかし、安全保障に係る態勢を盤石にする観点から大事なのは、集団的自衛権を織り込んだ上で日米同盟の「深化」を進める法制整備を急ぐことであり、それを基軸にして、豪印両国やASEAN(東南アジア諸国連合)を加えた「アジア・太平洋版NATO(北大西洋条約機構)」とも呼ぶべき枠組みの構築に踏み込むことである。

国際安全保障構想への視点


 在日米軍基地に係る沖縄の過剰な負担もまた、こうした「アジア・太平洋版NATO」の枠組みを構築できてこそ、確実な軽減に道を開くことができる。この枠組みの下でならば、対中牽制(けんせい)をにらんだ「前線拠点」としての役割や負担は、沖縄だけではなく、フィリピンやベトナムのような国々も引き受けることになるであろう。沖縄が直面する課題もまた、こうした国際安全保障構想への視点が欠ければ、対応できないものなのではないか。

 故に、憲法改正それ自体は、日本の安全保障環境を劇的に変える「政策対応」の根拠というよりは、戦後日本の「中興」が成ったことを寿(ことほ)ぐ意味合いで行われる一種の「儀式」の類いになりつつある。

 そうであるとすれば、安倍首相は、憲法改正という「儀式」の挙行を後継内閣に譲るぐらいの心積もりで、現下の諸々の政策を断行することに専念するのがよろしかろう。戦後日本の「中興」が依然として道半ばであることを思えば、憲法改正という一大政治事業に精力を費やしている暇はないのではないか。

 選挙は終わった。安倍首相は戦後日本の「中興の祖」になることができるのか。「アベノミクス」うんぬんよりも、そうしたことに注目するのが有意義であろう。