技術的選択肢が複数ある場合の常ではあるが、そのメリット、デメリットは前提条件の置き方によって変化する。政策を決定した当初の前提条件は、その技術が実現するまでに必要な時間の経過とともに意味を持たなくなってしまうことも多く、「今」の視点で判断する国民には理解しづらい。

(原子力発電環境整備機構)
(原子力発電環境整備機構)
 具体的に言えば、1回使った使用済み核燃料をそのまま処分してしまうのか(直接処分)、使用済み核燃料にまだ大量に含まれる有用な成分を取り出して使うのか(核燃料サイクル)によって、処理すべき廃棄物の量も廃棄物に含まれる放射線の強さも、経済性も大きく異なる。化石燃料のみならずウラン燃料も海外からの輸入に依存せざるを得ないわが国は、高価だったウラン資源を有効活用するため、原子力技術導入当時に核燃料サイクル政策を採ることとした。

 ウラン燃料の価格が高ければ、あるいは、原子力発電の依存度が一定程度高ければ(高まっていくならば)スケールメリットも期待できるので、核燃料サイクル政策に対する国民の理解も得られたかもしれない。また、オイルショックの記憶が人々の脳裏に焼き付いていたころには、核燃料サイクル政策はわが国を化石燃料のくびきから解き放ってくれる有効な手段として多くの方が期待を寄せたことだろう。しかし、その政策が実行にされるまでに必要とされた歳月は、ウラン燃料の市場価格も原子力発電の利用率も大きく変えてしまい、政策決定当初の前提条件は現在の国民には意味を持たない。

 政府は、当初経済合理性を理由に核燃料サイクル政策を採るとしていたが、第4次エネルギー基本計画においては、廃棄物の減容化を理由にそれを堅持するとしている。東電福島原発事故を契機に、国も専門家も信用できなくなった国民にとってみれば、手を替え品を替えて同じ道をたどるように誘導されているようにしか聞こえないのではないか。核燃料サイクル政策の意義、米国との関係や青森県との関係などの制約条件、コスト試算などの前提条件を全てわかりやすく国民に示すことがまず求められているのではないだろうか。

 いずれにしても、原子力政策はしんどい。その中でも特に、このバックエンドに関わる問題はしんどい。政権・行政が逃げずに取り組むという強い意志が何より必要だ。

 しかし、われわれ国民も後世から見られていることを忘れてはならない。好むと好まざるとに関わらず原子力技術のメリットを享受することを日本社会は選択したのであり、私たちはその社会の一員として生きてきたのである。その責任を果たすことを考えたいと思う。