武田邦彦(中部大学特任教授)

 どんな産業でもその産業から出る廃棄物や有害物の処分ができない場合、工場などの建設や操業は許可されない。もしも、そんなことがあったら、日本中が危険物や有毒物質であふれかえるだけだ。

 でも1つだけ例外がある。それが原子力発電所である。原子力発電は1963年から運転されていて、50年を超えている。それでもまだ運転により発生する廃棄物を処分することができないという異常な状態にある。
1998年3月31日、日本初の商業原発として32年間、営業運転を続けてきた日本原子力発電の東海発電所が運転を停止した
1998年3月31日、日本初の商業原発として32年間、営業運転を続けてきた日本原子力発電の東海発電所が運転を停止した
 その最大の要因は「あまり危険ではないものなのに、非常に危険」ということになっていることにある。現代の日本人は多くの事柄について科学的に考える力を失い、「皆が言っているから」という理由で共通認識が形成される。だから本当は危険ではない原発の廃棄物を危険だということにしている。

 危険でないものを危険としている理由は、原発を止めたい反対派と、利権を得たい賛成派の思惑が一致するからである。原発の廃棄物が危険だという幻想を抱かせて、原発を止めようとする反対派のやり方は納得性があるが、賛成派までが安全なものを危険という理由は分かりにくい。

 なぜこの点を強調するかといえば、筆者自身、日本原子力学会に核廃棄物の安全性に関する論文を提出し、掲載され、学会賞の最終選考に残っているからだ。また青森県鰺ヶ沢町で核廃棄物の貯蔵所検討会に参加し、町民にその安全性を説明してきた。

 核廃棄物が安全であると説明する理由は2つある。

1)原発を運転しているときの核燃料の発熱量を100とすると、運転を止める(臨界を止める)と発熱量は10になる。原発が危険なのは放射線と熱だが、熱は放射線量にも比例しているので、原発が安全に運転できるなら核燃料の危険性はその10分の1以下であることが分かる。現に原発の運転は安全だとして、福島第1原発事故以降も再開されているのだから、再開を認めている日本人が廃棄物の処分を危険とするのは論理的にも矛盾している。

2)核廃棄物は貯蔵して10年を経るとさらに10分の1になり、稼働中の原発に比べて、危険性は100分の1になる。もともと使用済み核燃料は、取り出して数年は原発敷地内で冷却保管されるので、貯蔵所に移動、格納されて数年後にはさらに安全な状態になる。

 だから、「原発の運転が安全にできる国」は立地、技術、管理などあらゆる面で核廃棄物を安全に貯蔵することができる。日本が地震国・火山国であることは無関係である。また原発から運び出される状態になった廃棄物は冷却がいらないから、冷却水の必要な海岸線などに建設しなくてもよいので、より立地の制約も少ない。

 ところが、原発は建設されているのに、廃棄物が処分できないのはなぜだろうか。