教育ということに主眼を置くならば、IOCが着手し奏功しているユース五輪の発想で、試合以外で選手が交流できる場を作ることも考えられる。新しいスタジアムには選手村が付属していて、決勝大会にエントリーされた47校(今は49校だが)の選手たちが、大会期間中、プライバシーを守られながら、そこで寝食をともにし、主宰者が設ける文化プログラムや教育セッションに参加できる。あるいは大会終了後の何日かを交流と教育のプログラムに充てることも可能だ。
2016年8月21日、リオ五輪閉会式で、五輪旗を持つ東京都の小池百合子知事。中央はIOCのトーマス・バッハ会長(共同)
2016年8月21日、リオ五輪閉会式で、五輪旗を持つ東京都の小池百合子知事。中央はIOCのトーマス・バッハ会長(共同)
 泥と汗に塗(まみ)れて、白球を追いかけ、負ければ涙で土を持って帰る球児から、高校野球を通じて、知識と技術を学び、野球を楽しみ、心の財産を蓄えて故郷に帰る人材が育っていくのではないか。

 スタジアムには最新最高の設備が投入されるだろう。日本学生野球憲章の目的とする「学生野球は、教育の一環であり、平和で民主的な人類社会の形成者として必要な資質を備えた人間の育成」が達成される。

 「それにはお金がいくらあっても足りない」と言われるかもしれない。財源確保にこそ、五輪のマーケティング手法を学んで取り入れればいいのではないか。入場券料に頼っている現在の資金調達プログラムを根本から見直せば、早朝から夕刻まで試合を放映しているNHKからは巨額の放映権料を獲得できる。主催である朝日新聞社は後援に回り、大会スポンサーを募ることもできる。考えてみれば、高校野球を主催運営することで、朝日新聞は多くの「利益」を得ているであろう。ならば、高校野球発展のために、朝日新聞からの寄付をいただくのも一考かもしれない。春の選抜大会を主催する毎日新聞社は、夏は後援という立場である。全てのメディアを対象に高校野球教育プログラムにスポンサーシップを募ることもできるだろう。

 全国高校野球選手権大会が「各校がそれぞれの教育理念に立って行う教育活動の一環として展開されることを基礎」(日本学生野球憲章より抜粋)とするのであれば、まさに教育に力点を置き、それが高校野球でなければ実現できないということを実践的に表現しなければならない。

 五輪のモットーである「より速く、より高く、より強く」は、ラテン語の訳だが、これは比較級を表す。つまり、優勝者になることではなく、自分の限界に挑む志を示すものだ。常に自分の力の限りを尽くして、勝利を目指さなければならない。しかし、勝利を得ればいいのではない。自分の限りを尽くさなければならない。たとえ勝利が得られないとしても、自分の力のより一歩先を目指さなければならない。「勝利至上主義」のように誤解されるこのモットーの真意は、勝利至上主義を超えることなのである。

 そして、このモットーを最も心に留めてほしいのは、高野連であり、そして朝日新聞なのだとつくづく思う。