島田裕巳(宗教学者)

 毎年、8月15日の終戦記念日には靖国神社の問題が取り上げられるのが恒例になってきた。果たして今年はどうなのだろうか。例年ほど話題にはなりそうにない気配だ。

 そこには、一つには政界の事情がからんでいる。安倍晋三首相が参拝しないのは事前に予想されることで、政権基盤が揺らいでいる現状において、首相の靖国神社参拝を求める声もさほど大きなものにはなっていない。

 しかし、靖国神社の影が薄くなってきているのは、それだけが原因ではない。何より、終戦から72年がたち、実際に戦場に赴いたことのある世代はほとんどが90歳以上になってしまった。

 靖国神社と密接に関連する日本遺族会は、かつては110万世帯の会員を抱えていた。現在の会員数は不明だが、軍人恩給の受給者は2万3000人で、遺族でも31万人をわずかに超える程度である。高齢化した軍隊経験者やその遺族が靖国神社を訪れることも、今やまれになっている。

 しかも、靖国神社では2年前の「みたままつり」から、露店の出店を中止した。それは、正月や花見のときにまで及び、大量の若者がみたままつりに繰り出すことも、サラリーマンが正月明けに靖国神社に立ち寄ることもなくなった。

 酒による騒ぎを防止するためだとされる。それは、戦没者の慰霊の場である靖国神社を静謐(せいひつ)な空間に保とうとする試みかもしれないが、これによって一般の参拝者と靖国神社との距離が大きくなったことは間違いない。

 2000年代に小泉純一郎首相が、周辺諸国からの批判があったにもかかわらず参拝を続けた頃には、8月15日の参拝者はピークで25万人を超えた。しかし、その後は、10万人台後半に落ち着いた。年間の参拝者は500万人程度とも言われる。
参拝を終え、記者の質問に答える小泉純一郎元首相=2006年8月15日東京都(小野淳一撮影)
参拝を終え、記者の質問に答える小泉純一郎元首相=2006年8月15日東京都(小野淳一撮影)
 2年後の2019年、靖国神社は創建150年を迎える。そのための準備も進められているが、その一方で、現在の宮司が最後の徳川将軍、徳川慶喜の曾孫にあたることもあり、西郷隆盛や江藤新平、白虎隊や新撰組といった、いわゆる「賊軍」を合祀(ごうし)しようとする動きも生まれている。

 今の一般国民の感覚からすれば、賊軍の戦没者を合祀しても一向に構わないと思えるだろうが、「官軍」の戦没者を祭る「東京招魂社」として始まった靖国神社の歴史を考えると、それは神社の根本理念を変更することを意味する。

 その一方で、首相の靖国神社参拝は、現実的にほぼ不可能な状況にある。安倍首相が就任1年目に参拝したとき、周辺諸国から反発を受けたことは想定内としても、米国側が「失望した」とコメントしたことは大きかった。それ以降、靖国神社参拝に熱意を持ってきた安倍首相が参拝を見送ってきたことからすれば、安倍首相以降の首相が参拝するとは考えられない。

 まして、現在の天皇や、来年末にも即位が予定される次の天皇が靖国神社に参拝することは考えられない。それを要望する声も上がりそうもない。