この最新の事例と同じことが繰り返し、起きている。太平洋側の東京都小笠原諸島では、漁家がおよそ40年を費やして育て上げた赤珊瑚が、これは五星紅旗を掲げた中国漁船団のやはり粗悪な網で奪い尽くされた。

 小笠原村議会の議長さんらが、わたしの議員会館の部屋を訪ねてこられた。海が荒らされ通常の漁も困難になっている現実を訴え、「青山さんしか聞いてくれないと思って、今日のアポイントメントを秘書さんに申し込みました」と仰(おっしゃ)った。

 かつて島根県隠岐郡のこれも好漁場、竹島とその周辺の領海を韓国に奪われるとき、不当にして一方的な発砲で日本国民の漁家が殺害されているのに、これまでは学校で教えられることすらなかった。

 不肖わたしが国会に出て、自由民主党の会合などで訴え続けていると、文科省の良心派の官僚らが動き、学習指導要領に盛り込まれた。

 獣医師の養成機関をめぐる騒動で、既得権益を死守してきた文科省の裸の姿が実は浮かび上がっているのだが、こんな良心派もいる。

 だが、竹島は帰ってこない。北方領土も返ってこない。尖閣も脅かされている。

 このことをめぐって、なぜ与野党をはじめ国論が分かれるのか。ここだけは一致できる点ではないのか。

 これを考えれば、8月15日にいつも決まって話題にされる「総理や閣僚の靖国参拝」も、マスメディアや学者、評論家がこれも決まって騒擾(そうじょう)を掻(か)き立てるほど複雑な問題ではないことが分かる。

 まず靖国神社は、先の大戦を含めて国のために戦った死者を祀(まつ)る場所である。そこには兵士ならざる国民、例えば沖縄の学徒看護隊の少女たちも祀られている。

 おのれのためではなく人のため、国のために死した人を政府が尊び、祈らない国はこの地球上に、日本を除いては、存在しない。

 ドイツでもナチを否定したうえで、戦ったドイツ国民を悪者にはしない。朝日新聞や岩波書店が「ドイツは反省したのに日本はしない」という主張の好例にしているワイツゼッカー独大統領(当時)の演説も「ナチが悪かった。ドイツ人は悪くない」という趣旨を明言している。実際はナチも最初は選挙でのドイツ国民の圧倒的な支持によって権力の座についたにもかかわらず、である。
ワイツゼッカー元独大統領
ワイツゼッカー元独大統領
 ワイツゼッカー演説の真の肝は「一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものであります」という部分だ。

 すなわち悪いのはヒトラーとその一味、追従者であり、ドイツ民族全体の罪ではないと説いている。

 したがってワイツゼッカー大統領(当時)は第二次大戦のドイツの戦争と、ヒトラーによるユダヤ人や少数者への迫害を明確に分けて、戦争についてはどこでも起こり得るとして事実上、正当化した。

 さらにはヒトラーの台頭を許したのはイギリス、フランスにも責任があるとまで述べている。