都職員から評判の悪かった猪瀬直樹さんが、たかだか5,000万の資金受領の疑いでその椅子を降りることになってから一年余りが経過しました。都知事としての在任期間も約一年で辞任に追い込まれるというのは本人にとっても本意ではなかったでしょう。

 文字通り「糟糠の妻」である故・ゆり子さんとの純愛を熱く語りながら、自らの功績の裏側も示した近著『さようならと言ってなかった わが愛 わが罪』を猪瀬さんは上梓されています。これはこれで作品として面白く、作家・猪瀬直樹が一年の沈黙を破って著した文筆復活宣言の本、という意味ではとても楽しく読むことができます。その一方で、「週刊文春」13年6月13日号では、文字通り猪瀬さんの“愛人”だったとされる作家の中平まみ女史の告発が誌面に踊り、テレフォンセックスから飲酒運転までさまざまな猪瀬さんの「素顔」が暴露されております。さらには、都知事辞任のハプニングがなければ西麻布に構えていた猪瀬さんの事務所で働いていた女性が猪瀬追撃の告発手記を別の週刊誌に寄稿する予定だったと言われています。一連のエピソードを聞くと純愛からは程遠い猪瀬さんの等身大の姿が見え隠れするわけですが、猪瀬さんの本は先入観抜きで読むとただただ面白いです。さすがです。作品の素晴らしさと著者の人格は別、ということを改めて感じずにはいられません。やはり、作家性というのは円熟した人柄から滲み出るものではなく、むしろ鬱積し抑圧されて歪んだ人間性が鋭い切り口から社会を睨んだ時評を生んで名声を得るというところがあるのではないでしょうか。

 そして、この本においては亡くなった「最愛の」妻・ゆり子さんが問題の5,000万円を預かったのだ、という辞任前の釈明内容どおりの筋書きで、ラストを締め括っているわけです。これで心ある読者が納得するとは思えません。あれだけ愛情語っておいて、最後は失脚の言い訳で終わるというのは何なんでしょう。むしろ、愛する妻が仮に関わっていたのだとしても、わざわざ活字にして残すことが人間としての尊厳をどれだけ損ねるのか、猪瀬さんにはいまだに気づかない機微なのでありましょうか。

「五千万円の件は、ゆり子にひとまず貸金庫に保管するよう指示した。事務所のスタッフにもいっさい伝えなかった」

「ゆり子は亡くなるが、僕は預金通帳がどこに仕舞ってあるのかすら知らない」

 夫婦の形にはいろいろあるのは承知するけれども、猪瀬さんが妻への愛情を語り、妻を失ったことによる心の虚しさを本書で語れば語るほど、最後の最後で「妻がやった」と急降下で落とす違和感を覚えます。ある意味で、波動砲みたいに、妻への愛情や美談を書き連ね、溜めて溜めて、高まりきったエネルギーがぶっ放されるような。

 政治家・猪瀬直樹の軌跡は、やはり偉大なる老政治家・石原慎太郎都知事時代に培った話が真骨頂でありましょう。何よりも、まず東日本大震災後に猪瀬直樹さんが手がけた東京電力改革。株主として総会に乗り込んだり、湾岸地域にLNGプラントを並べて火力発電所を建設しようとしたり、確かに都政においてひとつでもふたつでも前に進む足がかりを得ようと努力する猪瀬さんの姿は印象的でした。その意味では、多少人間的な部分にあれこれあるのはさし措いても、ちゃんと仕事をしてくれるようであればそれがベストだろう、ということで、石原都知事の突然の勇退後は、わずか一年の在任であったことも考えると「猪瀬さんならもう少しいろんなことができたのではないか」と思うところはあります。

 中でも、副知事時代に石原慎太郎さんに入れ知恵して、わざわざ渡米中にヘリテージ財団のシンポジウムにおいて尖閣諸島を地権関係者から買い取る方向で基本合意したと発表させたことは、いろんな意味で日本外交史において大きな影響を与えました。正直言うと、現在の日中関係の決定的な悪化を招いた責任の一端は、私は猪瀬さんにもあると思っています。しかし、上記猪瀬さんの新著では、尖閣諸島の問題など副知事という立場で行った仕事としては軽微とでも思ったのか、あまりきちんと触れられていません。

猪瀬直樹さん尖閣国有化の裏側について語る

猪瀬直樹副知事が尖閣諸島購入計画の「今」を告白

 確かに政治家として失脚した理由はカネであり、そのカネの問題について釈明したい気持ちは分かるのだけれども、猪瀬さんを政治家として評価するならば「外交という国の問題について、途中から『代わりにやれるのは東京都しかない』と出てきて勝手に14億円も寄付を募り土地を買収した挙句、その次の展開も決まらないうちに放り投げてしまった」戦犯の一人とも言えましょう。本人にはその気はないかもしれませんが、政策の効果や出口を考えずに風呂敷を広げて取り組んでしまう悪弊がある以上、むしろあのタイミングでスキャンダルが出て辞任に追い込まれたほうが彼のためにも良かったのではないかとさえ感じてしまいます。

 そして東京オリンピック誘致。もちろん、決定したからには、日本人として、都民としてきちんと最後まで良いイベントにできるよう努力するのは当然としても、いまの東京にそのような余裕が本来あったのでしょうか。これからは首都圏も高齢化も進み、都政に対するニーズも大きく様変わりするところです。きちんとした都のビジョンを掲げることなく退任してしまった猪瀬さんにとって、都政は亡くなった奥様のように都合よく美談に仕上げる対象でしかないのでしょうか。