採掘可能量が約400万トンの良質なウラン鉱山を持っている北朝鮮は、1959年に旧ソ連と原子力協力協定を締結し、1965年に旧ソ連から研究実験用原子炉1基(熱出力2000kW)を導入し、寧辺(ヨンビョン)に原子力研究所を設立し、同研究所を中心に原子力技術の研究開発を進めた。
7月4日、「火星14」の試射を視察する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(右から2人目)。朝鮮中央通信が配信した(朝鮮通信=共同)
7月4日、「火星14」の試射を視察する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(右から2人目)。朝鮮中央通信が配信した(朝鮮通信=共同)
 1970年代に入ると、核燃料の精錬、変換、加工技術などを集中的に研究するなど、自国の技術で研究用原子炉の出力拡張に成功した。

 1980年代には寧辺原子力研究所の敷地を拡張し、電気出力5MW級の黒鉛原子炉を建設し、1986年に稼動させた。また、出力50MW級黒鉛減速炉、核燃料製造工場及び核再処理工場等の核関連施設の建設を本格化させた。その後、米朝枠組み合意(1994年)で核開発凍結に合意するまでに、核兵器の原料となるプルトニウムの抽出に成功したとされる。

 そして2006年、豊渓里での初の地下核実験を行い、世界で8か国目の実施国となった。

◆核兵器の開発を続ける理由
 北朝鮮は長い歳月をかけて核開発を行ってきた。核兵器の開発は金正恩が暴走しているのではなく、米国の脅威を感じた金日成と金正日の「遺訓」を守ってきた結果ともいえる。

 北朝鮮は米国と敵対している。その米国は広島と長崎に原爆を投下した。世界で唯一、核兵器を使用した国である。米国と敵対している国の指導者にとっては、核兵器を本当に使用してしまう米国を信用することは出来ないだろう。

 もっとも、米国は北朝鮮に対して核兵器の使用を検討したことがある(1968年のプエブロ号事件など)。このため、金日成が米国の核兵器に脅威を感じたのも無理はない。金日成が経済の停滞や食糧不足にもかかわらず核兵器の開発を推し進めた目的と、中国の毛沢東が大量の餓死者を出しながらも核兵器の開発を推し進めた目的には共通点がある。

 したがって、北朝鮮は米国の軍事的脅威がなくなるまで、制裁が強化されようとも、核兵器の開発とそれを運搬する手段である弾道ミサイルの開発を止めることはない。むしろ、制裁が厳しくなればなるほど開発を急ぐだろう。

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