彼らは、過去数十年間で最大規模となった集会の場所に、なぜシャーロッツビルを選んだのか? そもそもの目的は、南北戦争で南軍を率いたロバート・E・リー将軍の騎馬像が、人種差別の象徴であることを理由に市の公園から撤去されるという決定に抗議するためだった。トランプの大統領就任で勢いづき、白人の存在感を示したいという思惑もあっただろう。しかし、それ以上にシンボリックな意図があったのではないか、と私は思う。
米バージニア州シャーロッツビルの開放公園にあるロバート・E・リー像
米バージニア州シャーロッツビルの解放公園にあるロバート・E・リー将軍の像
 冒頭で「死体が眠っている」と書いたのは、あながち間違いではない。この辺りには、南北戦争の古戦場が無数にあるからだ。

 バージニアは南部連合の本拠地で、首都がリッチモンドにあった。今はワシントンDCのベッドタウンとして、ペンタゴンをはじめ重要な国家機能の多くを抱えているから、バージニアを北東部だと勘違いしている人は多いかもしれない。当時は、いわゆる深南部などよりはるかに白人優越意識が強く、奴隷制を堅守する南部の心臓だった。

 今も戦闘を再現するイベントが各地で開かれる。私は4年前、シャーロッツビル近くの古戦場で取材したが、軍服など完璧な「コスプレ」姿で野営をし、3日かけて大砲を撃ち合う壮大なイベントだった。南部連合国旗があちこちに翻り、最後は南軍の勝利を祝って解散となった。

 また、バージニアはどの州よりも多い、8人の大統領を輩出している。初代ワシントンから5代目まで、アダムズを除いて全員がバージニア出身だ。シャーロッツビルの近くには「建国の父」と呼ばれるジェファーソンと、マディソンの大邸宅がある。2人とも大勢の奴隷を所有していた。

 白人至上主義者がたいまつを手に行進したバージニア大学は、ジェファーソンが創立した。公立校ではあるが、裕福な白人家庭の子供が通うステータス・シンボルで、エリートの社交場だ。最近は、非白人の学生や留学生が増えてきた。

 バージニア州の人口構成も変わった。特に州北部で、都会志向のリベラルな若者や移民が増えた。2008年の大統領選挙で、1964年以来、民主党候補として初めて、それも黒人のオバマがバージニア州で勝利したことは、激しい差別を体験してきた黒人たちにとりわけ感慨深く受け止められた。

 シャーロッツビルも、55歳以上では白人が7割以上を占めるが、18歳未満だと白人と非白人の構成率はほぼ半々になり、一変する。建国以来の「レイシャル・オーダー」(人種の秩序)の崩壊が、実感できる。

 ダウンタウンには、古い建物を改装したしゃれたレストランやカフェが並び、夜遅くまでにぎわう。その繁華街が、今回の「車両テロ」の現場となった。

 事件後、前述のリー将軍の騎馬像には、急いでカバーがかけられた。