南部連合の栄光をたたえる記念碑や指導者の像は、全米各地に1000以上あると言われる。バージニアは最多で200を超える。

 碑のほとんどは、南北戦争終結から何十年も経過した1910〜1920年代と、1950〜1960年代につくられた。南部でジム・クロウと呼ばれる人種隔離政策が本格化し、黒人に対する投票権の剥奪やリンチがピークに達した時期、そして公民権運動が盛んになった時期だ。白人至上主義の「クー・クラックス・クラン(KKK)」が台頭し、活発化した時期とも重なる。

 こういった記念碑などの南部のレガシーは郷土愛や愛国心にすり変えられ、軍人や政治家は美化された。奴隷制、南部の繁栄を支えた黒人の存在は、そこには描かれない。そのせいで、南北戦争は奴隷制と関係がなかった、と信じ込んでいる人は少なくない。だから「人種差別でも暴力でもない、自分たちのヘリテージ(遺産)を守って何が悪い、破壊や撤去は祖先への侮辱だ」という主張になる。

 一方、黒人は長年、抑圧のシンボルである記念碑や、州庁舎にはためく南部連合国旗の撤去を訴えてきた。自治体側のかたくなであった態度が変わり始めたのは、2年前だ。

 サウスカロライナ州チャールストンで、白人至上主義に傾倒する男が、黒人教会で乱射し、9人を殺害した。容疑者が南部連合国旗と一緒にうつる写真が公開され、激しい抗議を受けて、各地で撤去や見直しが検討された。前述のシャーロッツビルのリー将軍の騎馬像も、その一例だ。

 チャールストンでの追悼式、オバマはスピーチの途中で、黒人解放運動の代名詞とも言える賛美歌「アメイジング・グレイス」を口ずさみ、参列者全員が手を携えての唱和へと導いた。理不尽な暴力と厳しい抵抗の歴史の中で培われてきた黒人の魂と、希望に触れた瞬間だった。
8月12日、米バージニア州シャーロッツビルで、ヘルメット姿の白人至上主義者ら(手前)と衝突する反対派(上塚真由撮影)
8月12日、米バージニア州シャーロッツビルで、ヘルメット姿の白人至上主義者ら(手前)と衝突する反対派(上塚真由撮影)
 トランプは、まだシャーロッツビルを訪れていない。「われわれの美しい像や記念碑が撤去され、すばらしい歴史と文化から切り離されてしまうのは悲しい」というツイートはした。「Our」という単語を使ったが、それは誰のアメリカなのか? 今の大統領には、人種分断の「癒やし」の役割を担う意思はなく、その資格もない。

 白人至上主義者たちは「成功」に勢いづいているようにも見える。保守系ニュースサイトでは、事件後、いつ禁止されて買えなくなってしまうかわからないという不安から南部連合国旗の注文が殺到しているという報道もあった。差別を許さない、という対抗デモも、一層激しくなるはずだ。

 暗く醜い「闇」から目をそらしてはいけない。そのことにより多くの人が気づいて行動しない限り、悲劇は何度も起きる。