松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者)

 8月29日の朝、筆者が目覚めたときはすでに北朝鮮のミサイルが日本上空を越え、北海道の東側海域に落下したという情報が流れていた。その後、現在まで1日で得た情報を通じて感じることを1つのキーワードにすると、「当事者性」ということになろうか。

 びっくりしたのは、早い段階で「ミサイルは上空で3つに分離した可能性がある」とされていたことだ。これによって、日本の「当事者性」は格段に高まった。

 北朝鮮のミサイルというと、この間、飛距離が大きな話題になってきた。米本土まで到達するかどうかが焦点だった。そうなると、米国が北朝鮮ミサイル問題の最大の「当事者」になるからだ。今回、そういう点での技術的進歩はなかったわけで、米国防総省のマニング報道官は「北米には脅威にはならない」(米国時間28日朝)と述べたという。米本土に届くようなものではなかったので、冷静に受けとめているように見える。

 だが、上空で分離したというのが「多弾頭化」への前進を意味するなら、日本にとっては重大な問題である。いうまでもなく、弾道ミサイルを迎撃するのは、それが1発だとしても至難の業である。複数が同時に発射されるだけで、迎撃はほとんど不可能になるといわれている。多弾頭化が成功し、上空に来てから分離されるとなると、対処しようがなくなるわけである。配備している地対空誘導弾パトリオット(PAC3)などの信頼性がなくなるという事態に日本は直面しているということだ。
防衛省に配備されているPAC3=8月29日、東京都新宿区(桐原正道撮影)
防衛省に配備されているPAC3=8月29日、東京都新宿区(桐原正道撮影)
 ところが、安倍晋三首相の談話が問題にするのは、ミサイルが日本の上空を飛び越えたことだけだ。もっとも懸念すべき多弾頭化には何もふれていない(菅義偉官房長官の記者会見では言及していた)。国民に恐怖感を植え付けるためには、「頭の上を飛んだぞ」というのが効果的という程度のことなのだろうか。多弾頭化の問題に関心がないとすると、当事者意識が希薄でないかと心配になるほどだ。