「戦時放送を流す安倍政権も怖い」北朝鮮危機で注目した謎のつぶやき

『田中秀臣』

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田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

北朝鮮がミサイルを発射したことを伝えるJアラートの画面
=8月29日午前6時24分、東京都港区
 北朝鮮がミサイルを発射し、全国瞬時警報システム(Jアラート)を通じて「国民保護に関する情報」が流されたときに、私はちょうど文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」の本番中だった。番組開始して2、3分後には、スタジオの中にスタッフの方が緊張した顔で入ってこられ、メーンパーソナリティーの寺島尚正アナウンサーに、Jアラートの本文が記された用紙が手渡された。われわれはそれから1時間近く、北朝鮮のミサイルについての警報と、また政府の対応、そしてこれからの経済・社会に対する影響について放送させていただいた。

 ミサイル発射による避難を呼びかける政府の警報が流れる中、それを伝える側として現場にいたことは、実に緊張した時間であった。もちろん避難を呼びかけられた地域にお住まいだった方々の不安はそれどころではなかったと思う。また日本や世界の多くの人たちが、この日本の上空を通過するミサイル発射の「無法」に心を痛めたことであろう。

 私は、寺島さんやスタッフの誠実で、また緊張感のある仕事に感銘を受けるとともに、ジャーナリズムと災害警報、しかも天災ではなく他国によるミサイル発射という人災との関係にも深く思うところがあった。

 Jアラートでは、北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、新潟県、長野県という極めて広範囲に対して、ミサイル発射に関しての避難勧告が出された。内容も「頑丈な建物や地下に避難してください」というものであった。ラジオでもコメントしたのだが、おそらく「頑丈な建物」や「地下」などが周囲になく、どうしていいのかわからなかった方々も多かったろう。

 政府では事前にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などで、ミサイルが墜落してくる場合の避難の仕方として、頑丈な建物や地下がない場合で、屋外にいるときは物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守ること、さらに屋内では窓から離れるか窓のない部屋に移動するように説明していた。しかし、その広報活動は必ずしも周知徹底されていたわけではなく、また今回のJアラートでも避難の仕方について、少なくとも窓から離れるなどの付加的な指示を明記すべきであったと思う。
あえて注目したい金子勝氏のツイート

 不幸中の幸いで、ミサイルによる国民への直接の被害は発生しなかった。今後は、ミサイル発射に対しての避難のあり方について、国民的な議論を行う必要があるだろう。もちろん北朝鮮に対する抗議を強めること、そして国際社会と連携して北朝鮮にこれ以上の暴挙を行わないように、さまざまな手段を講じる必要がある。個人的には、危機を過剰にあおることがないことを、政府や政治家だけではなく、言論に責任をもつ識者やマスコミにも賢慮を求めたい。危機や恐怖をあおることで、議論があさっての方向にいってしまえば、むしろ北朝鮮の狙いのひとつである、日本国内の世論分断や混乱とも合致してしまう不幸な展開になる。

 もちろん多様な意見があるのは当然である。ただ同じ経済学者であることで、あえて注目したいのだが、慶応大経済学部の金子勝教授による以下の意見には賛同しかねる。

テレビは「国民保護に関する情報」と称して北海道から関東甲信越まで「頑丈な建物に避難せよ」と、まるで戦時中の「空襲警報」を一斉に流す。北朝鮮も怖いが、「戦時放送」を流す安倍政権も怖い。

 「空襲警報」や「戦時放送」というのは、金子教授の独特レトリックでもあり、また彼の現状認識を反映しているのかもしれない。その表現については特に賛成も反対もない。だが、なんで警報を流す「安倍政権が怖い」のだろうか。

 警報には余計な価値判断は一切含まれていない事実のみを伝えるものだ。問題があるとしたら、先ほど指摘したように、避難の対処法など説明が不足していたことを挙げることができる。私見では、正体不明の「恐怖」をつぶやくよりも、Jアラートが問題をはらむものならば具体的な批判を展開すべきではないだろうか。ただ、金子教授のつぶやきは現在も多くの議論を招いていて、その意味では多様な意見をぶつけあう場になっている貢献はあるかもしれない。
市場が記憶する「北朝鮮リスク」

 経済学の観点から、番組でも言及したのは「北朝鮮リスク」を反映した株式市場や為替レートなどへの影響である。実は、ミサイル発射の当日は、民間団体「放送法遵守を求める視聴者の会」を新たな体制で立ち上げた初日でもあった。この会の目的や活動については、リンク先を見ていただきたい。その会合で、作家の百田尚樹氏や評論家の上念司氏、米カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏、ジャーナリストの福島香織氏らと、今後の北朝鮮問題やミサイル発射に伴う影響についても話す機会があった。私は経済学の観点から、「北朝鮮リスク」が、当面は株価に不安定な影響を与え、また為替レートも円高に振れるのではないかと意見を述べた(注)。

 ここでは特に為替レートの動向についてのみ簡単にコメントをしておきたい。ミサイル発射を受けて、日経平均株価は下げ、また為替レートは円高に振れた。市場関係者はしばしば「リスクオフ」(リスク回避)をすると円や円資産(日本国債など)を購入するためだという。しかし、そもそも北朝鮮のリスクは、今回日本が最も大きくなるではないか、と誰でも思うことだろう。実際にこのリスクオフ仮説は、いささか根拠に乏しい。
日経平均を示す株価ボード。北朝鮮のミサイル発射を受け、約4カ月ぶりの安値を付けた=8月29日、東京都中央区(松本健吾撮影)
 ひとつのあり得る仮説としては、日本の政策当局が過去、甚大な災害にあたって事実上の金融引き締め、そして増税にシフトした経験をもとにマーケットが判断しているからだ、というものがある。もちろん現在の日本銀行は、量的・質的金融緩和を継続中である。だが、直近では、東日本大震災に際して、民主党政権は野党であった自民党とともに、被災の状況もまだわからない中で、増税の相談を真っ先にしたことがあった。そして当時の日銀には、金融緩和姿勢をとる気配はなく、そのため急激に円高・デフレが進行したのである。実はこの事実上の金融引き締めスタンスは、阪神・淡路大震災のときにも観測される出来事であった。このような記憶が、日本の市場取引者の中で共有されている可能性はあるだろう。

 ただ、現在の日銀の金融政策のスタンスは緩和姿勢を維持している。また、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策のスタンスは利上げを伺うなど「引き締め」スタンスである。そのため一時的には、円高ドル安に振れても、次第にミサイル発射前の為替レートの水準(円安トレンドの維持)に戻る可能性が大きいだろう。もっとも北朝鮮リスクが深刻化していけば、この日銀の金融緩和姿勢で基本的に決まる中長期の為替レート理論は、見直しを迫られることにはなる。

 現状の日本経済は、ようやく長い停滞の時期を抜けつつある。今回の北朝鮮リスクの顕在化は、日本の経済復興にとっても無視できない障害となるだろう。その意味でも、過剰な不安を抱くことなく、冷静で具体的な議論をしていかなくてはいけない。
(注)議論の詳細は上記HPで購入できるオーディオブックを参照にしていただきたい。

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