北朝鮮情勢、カギは日本の核武装を許さない中国の「レッドライン」

『重村智計』

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重村智計(早稲田大名誉教授)

 北朝鮮は、核弾頭と米国に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)が完成するまで、核とミサイル実験を止めない。3日の「水爆実験成功」発表はその意思表示だ。米国のトランプ大統領は、軍事攻撃か核容認かの選択を迫られる。
核の兵器化事業を指導する金正恩朝鮮労働党委員長。日時は不明。朝鮮中央通信が9月3日報じた(朝鮮中央通信=朝鮮通信)
 日本の専門家は「米韓軍事演習が契機」(日経)「米の軍事行動ないと判断」(読売)「安保理制裁路線は限界」(毎日)「レッドライン探っている」(朝日)などのコメントを寄せた。これらの分析はやや的外れではないかと私には思える。判断の根拠や証拠を示さず、主観的な感想だけで取材と確認の痕跡もない。

 対話を求める多くの論者は、北朝鮮が核開発を中止する気は全くないこれまでの経過を忘れている。軍事的圧力を強めようが外交的圧力を強めようが、最終的には交渉しなければ解決しない事実を知らないのだろうか。北朝鮮の指導者は、米国に届く核とミサイルの完成なしには体制も自身も崩壊するとの強い「信念」を持っている、との認識も欠いている。

 「水爆実験」後の中国とロシアの対応はこれまでとかなり異なる。「潮目が変わった」ように見える。中国政府は「断固とした反対と強烈な非難を表明」した。過去にない強烈な不快感をにじませた。

 ロシアのプーチン大統領は新興5カ国(BRICS)首脳会議出席のために中国に滞在していたが、安倍晋三首相との電話会談に応じた。習近平国家主席を差し置いて、他国での日露首脳会談は中国には失礼な行動である。2人は「強力な対応」で同意した。強力な対応とは、北朝鮮への石油禁輸である。

 一方で、中露首脳は共同で「対話による解決」を強調した。それでも「何がなんでも対話優先」の北朝鮮擁護の意向は弱く、「軍事攻撃しなければ米国に協力する」とのニュアンスに変わっている。中国もロシアもややサジを投げた格好だ。

 国連安全保障理事会や日米韓三国は、北朝鮮への経済制裁を実施してきた。ぜいたく品の輸出禁止や、高官や企業への制裁を実行したが、北朝鮮が本当に困る制裁ではなかった。企業名と個人名を変更すれば制裁逃れができたように、抜け道がいくらでも可能だったからだ。
北朝鮮の「最も嫌がる作戦」

 日露戦争の名参謀、秋山真之は外交や軍事戦略の極意について「相手が最も嫌がる作戦の実行だ」と述べた。北朝鮮が最も嫌がる対応は、石油の全面禁輸と米国の軍事攻撃である。北朝鮮は石油が一滴も出ない。しかも、年間の石油の確保量は世界最低である。軍用石油の保有も世界最低だ。北朝鮮は昨年約27万4千トンの石油製品を中国から輸入した(読売新聞、9月4日朝刊)。中国はひそかに、通関統計には公表されない原油を数十万トン供給していると報じられる。中国以外では、ロシアや中東、東南アジアから数万トン規模の石油を輸入している。

 それでも、軍事用に使用できる石油は最大で50万トン程度しかない。自衛隊の約3分の1だ。石油製品と原油が全面ストップすると北朝鮮は軍隊を維持できない。通常兵器による戦争と戦闘は不可能になる。中国は、この状況を十分に理解していたから北朝鮮に毎年50万トンの原油を送り続けた。だが、この原油から軍事用の石油製品は最大でも20万トンしか生産できない。中国は重質分が多く質の悪い原油しか供給しなかったからである。
北朝鮮に輸出する原油を積んだ貨物列車=4月、中国遼寧省丹東市(共同)
 歴史の教訓に学ぶなら、北朝鮮は明らかに崩壊の道に突き進んでいる。歴史の流れに逆行する国家はやがて滅びるからだ。旧ソ連は、市場経済を拒否し核大国として人権と自由を抑圧し、崩壊した。北朝鮮は、中国とロシアの黙認を背景に核開発を継続できた。しかし、中露が許せる「レッドライン(越えてはならない一線)」を越えれば、黙認も終わる。

 中国はなぜ北朝鮮への石油禁輸に反対したのか。石油を全面禁輸すれば北朝鮮の軍隊は崩壊する。戦車は動かないし、戦闘機も飛べない。軍の崩壊はすなわち北朝鮮の体制崩壊を意味する。それは望んでいないから、石油禁輸に反対してきたわけである。だが、米国に届く核弾頭とミサイルが完成すれば、トランプ大統領は北朝鮮を軍事攻撃するかもしれない。そうなれば、北朝鮮が崩壊し朝鮮半島は統一され、中国の東アジアへの影響力は失われる。

 軍事攻撃がなければ、北朝鮮の核保有は既成事実となる。次に起きるのは日本や韓国、台湾、ベトナムなどの核開発だ。米国が容認するかもしれない。むろん、中国にとっては最大の悪夢である。
米中の「レッドライン」はこれだ

 とすると、中国にとってのレッドラインは、北朝鮮が米国に届く核ミサイルを完成する直前になる。これは、トランプ政権とも共有できるレッドラインだ。あるいは、米国が日本や韓国の核武装を認める時期がレッドラインになる。

 安倍首相とトランプ大統領は、国連安保理で「対北石油全面禁輸」の制裁決議を採択させようとしている。中国とロシアは簡単には賛成しないかもしれない。その場合にはどうするのか。
米ロ首脳とそれぞれ電話会談後、取材に応じる安倍首相=9月3日深夜、首相公邸
 選択肢は、①北朝鮮への石油タンカーの全面入港禁止②中露以外の国の石油輸出禁止③中露は核実験とミサイル実験のたびに石油供給を減らす④世界の船舶の北朝鮮入港禁止⑤北朝鮮との貿易の全面禁止⑥北朝鮮の国連傘下機関からの除名⑦北朝鮮の国連加盟資格停止⑧国連からの除名-など本格的な制裁はなお多く残されている。

 米国の軍事行動も、小規模なものから大規模なものまで、多くのオプションがある。そのオプションが既に提出されているとトランプ大統領は明らかにした。

 軍事オプションは、①中朝石油パイプラインの破壊②北朝鮮に向かう全タンカーの海上での阻止-などの小規模行動から、③核実験場破壊④ミサイル発射台破壊⑤核施設破壊-などの限定攻撃まで、数百もの細かい攻撃目標がリストアップされる。米国は、北朝鮮が韓国に報復攻撃しにくい口実と攻撃目標を設定するはずだ。軍事オプションには、在韓米軍兵士の家族や米民間人の韓国からの退去が不可欠だ。報復攻撃による米国民の犠牲を恐れるからだ。それがない限り、北朝鮮の核とミサイルの実験は続く。

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