舌出し失神事件と呼ばれるのは、窒息を防ぐため、猪木の舌を引き出したからと言われる。この事件には諸説あって真相はわからないが、素直なプロレスファンだった私にとって、プロレスとの訣別を感じたターニングポイントでもあった。振り返れば、あの日以来、無邪気にプロレスを見ることができなくなった。「暗黙の了解」を打破する方向に動き出せば、猪木の事故のような出来事が起こるのは必然。その方向に立ち入ってはいけないという警鐘だったかもしれない。日本のプロレス界はそれを自覚できなかった。むしろ、馬場・猪木以後のスター選手群雄割拠の時代となり、より過激な方向に向かった。

 その代表は、有刺鉄線デスマッチであり、その鉄線に電流まで流されるようになった。
 リング上で展開される技もより過激を求められ、過激な技を受けることを相手レスラーも求められる風潮がエスカレートしていた。
新日本プロレスのノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチで、長州力(上)のさそり固めから逃れるために自ら有刺鉄線に手をのばす大仁田厚=2000年7月30日(荒木孝雄撮影)
新日本プロレスのノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチで、長州力(上)のさそり固めから逃れるために自ら有刺鉄線に手をのばす大仁田厚=2000年7月30日(荒木孝雄撮影)
 過激化し、リアルを求めざるを得なかった背景には、総合格闘技の隆盛もあっただろう。K-1などの人気が沸騰し、一時はプロレスの影は薄かった。その存亡さえ危ぶまれた。そうした事情も一方にあるだろう。

 アメリカでは、WWEという勢力が人気を得ている。完全にストーリーがあり、配役があり、さまざまなドラマや設定の上でプロレスが展開される。リアルを追求するのでなく、エンターテインメントを追求した結果の集大成ともいえる形だ。日本でもCSテレビなどを通じて人気がある。

 またアメリカのプロレス界では、頭部や首筋への攻撃を基本的には禁止、危険な技も規制されているという。パイルドライバー(脳天逆落とし)といった大技は、雪の上のプロレスでよく登場したダイナミックな技だが、相手を高く持ち上げ、頭や首でなく背中から落としてやると、見た目の豪快さと裏腹に、受け身も取りやすく、ダメージは小さい。アメリカのレスラーたちはこうした工夫を凝らしているという。

 蝶野の発言は、こうした規制を含んだ指摘だろう。また、心身が不十分な状態でも無理矢理出場する選手が少なくない現状の中、主催者がレスラーの健康状態を把握し、リングに上がれる状態でなければ出場を認めないなどの規則も必要だと訴えている。

 それ以上に、力道山、馬場、猪木の系譜をしのぐ、明るくダイナミックでドラマチック、レスラーとファンが新たな感動と昂奮を共有できる新しいプロレスの創造。その方向に敢然と舵(かじ)を切ることこそ、根本的な急務だと感じる。

 安心して見られるプロレスと言ったら誤解されそうだが、ハラハラしながらも心の奥底では安心を持って見ている…。それがまさに、リアルとエンターテインメントのギリギリの“プロの水準”ではないのだろうか。