大多数の国々にとって、日本の経済的存在感はインドよりはるかに大きい。インドは例外化するが、日本には包括的な制裁を科すといった展開はまずあり得ないだろう。日本核武装に「経済制裁」という障害はない。
 
 なお、IAEA理事会のインド例外化決定と前後して、原子力供給国グループ(NSG)もインドとの「民生用原子力協力」について合意に達している。ウランの供給などを認めたもので、日本が核武装すればウランを止められる云々(うんぬん)もやはり杞憂(きゆう)と言えよう。
 
 この合意もアメリカが主導している。要するに、事前に米国と擦り合わせができていれば特に問題は生じないということである。

 米印間の核問題交渉に長く携わったストローブ・タルボット元国務副長官は、「核関連物資の輸出管理に関してインドは、二つのNPT上の核兵器国、ロシアと中国より、よい成績を残していた。ロシアはイランが、中国はパキスタンがそれぞれ危険なテクノロジーを獲得するのを助けていた」と述懐している。

 日本が中露以上に無責任に振る舞うと考える国はまずないだろう。インドと同等以上に厳格に核管理すると見なされるはずだ。

 以上、核武装に伴って制裁を課されるという議論が、日本のような「責任感ある国」の場合根拠がないことを示してきた。独自核抑止力に向けた議論を大いに喚起し、具体的動きを起こしていかねばならない。

北朝鮮の核実験について記者団の取材に応じる安倍晋三首相
=9月3日、首相官邸
北朝鮮の核実験について記者団の取材に応じる安倍晋三首相 =9月3日、首相官邸
 もっとも、「核武装を口にすると政治家は即死する」(首相返り咲きの前の、あるシンポジウムでの安倍晋三氏発言)という状況にほとんど変化はない。いま即座に、政治家に核武装を唱えよと要求するのは酷であろう。

 まずは民間において、核に関するタブーなき言論空間が打ち立てられなければならない。

 その間、政権に求めたいのは、何よりも通常戦力による策源地(敵基地)攻撃力の整備に乗り出すことである。この地点までは十分に機は熟しており、踏み出さない言い訳は成り立たない。憲法9条の範囲内という、半世紀にわたって確立された政府見解もある。問われるのは政権の意志のみである。