介護保険制度はその人のレベルに応じた介護サービスが受けられるが、自ら申請しないと受けられない。申請は家族も代行することはできるが、介護する側も認知症である場合、介護保険制度の内容を理解し、介護保険の申請窓口である「地域包括支援センター」や自治体の介護保険課などに足を運ぶことは容易いことではない。

 各自治体において、未だ認認介護の実態把握が未整備で、その対策が後手後手となっている状況では、上記のような事件が後を絶たないだろう。他方、こんな老老介護もある。

 10年ほど前だったか、私は海辺からほど近い神奈川県内のあるお宅を訪問した。老老介護で夫婦ともに生活の一部に介護が必要であった。この夫婦の家の近くにある事業所の管理者であるベテラン女性ケアマネジャーがこまめに足を運んで2人の見守りをしていた。ケアマネジャーとともに2人の住まいにうかがう前、私は2人がどんな生活をしているのかを想像して陰鬱な気分でいた。

 しかし、お宅に到着すると、そこには目を疑うような光景があった。足の踏み場もないような部屋のなかで、夫婦はカセットプレーヤーにマイクが付いたカラオケ機器を使い、戦後の歌謡曲を楽しそうに歌っていたのである。老夫婦に促され、ベテラン女性ケアマネジャーも汗を拭きながら懸命に歌っていた姿が目に焼きついている。

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 このケアマネジャーのような「キーパーソン」が近くにいることで、老老介護であっても穏やかに暮らしているケースもあるのだなと感じた。この先、2人の生活が成り立たなくなったとしても、キーパーソンがいれば、施設に入居するなどの解決策を提示してもらうこともできるだろう。

 同居は無理だという子供でも「つかず離れずの距離」で親を見守ることで、「老親の2人が共倒れ」になるような事態を防いだ例もある。ちなみに、私は今年『なぜ介護殺人は起きるのか』という本を監修したが、この本にも親子の適度な「距離感」は大切だと書いている。

 上記の事例のほかにも、80代前半の夫が末期がん、70代後半の妻が認知症というケースがあった。年齢と病状を聞くと大変そうに思えるかもしれないが、お互いが不自由なところを補い合って生活していた。この夫妻の場合、がんの夫はベッドから離れることは難しかったが、認知症でも手足に不自由はない妻に必要な指示を出すことで日常生活は機能していた。

 また、芥川賞の選考委員などを務めた作家、大庭みな子さんの介護を続けてきた夫の利雄さんの日記には「介護はセカンドハネムーン」だと記されていたという。1+1=2にはならなくても、0・5+0・5=1で良しとして「今日一日が無事に終わった」ことに安堵する老老介護の日常。そこには2人だけが共有するスローな時間が流れている。マスコミがあまり報じない「穏やかな老老介護」があることも最後に書き添えておきたい。