しかし、それだけでは「老老介護」の本質は見えてこない。私は一連の砂川・大山夫婦をめぐるマスコミ報道では、3つの「置き忘れの視点」があったと考える。

 1つ目は、介護を担っていた側が相手をみとった後の「孤立のリスク」だ。老老介護とはいえ、少なくとも介護を担う側は健常であり、介護される側が遺(のこ)されるよりは何とかなるという思い込みがある。しかし、当初の砂川さんがそうであったように、他人を家に入れて介護サービスを受けるのが苦手、SOSを出すのも苦手な世代でもある。在宅介護を長年続け、まわりとの交流が途絶えた介護世帯が最も陥りやすいのは、孤立である。
(iStock)
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 砂川さんの介護体験で最も学ぶべきだと私が感じたのは、自宅で介護を続けた美談よりもむしろ、妻の認知症を公表し、徐々に人に頼るということを受け入れていった「開く介護」にシフトしていった切り替えスイッチの見事さだった。著名人ゆえに当初は認知症を公表することにも躊躇(ちゅうちょ)していた砂川さんだが、公表してから途絶えていた友人との交流が戻り、支え手は自分だけでないことを知った。それまでは、

〈一日中二人きりで家にいると、日によっては、どうしてもいら立ちを抑えられないことがある〉(『娘になった妻へ』より)という状態だったのが、公表してからは激励の電話、砂川さんが好きだった焼酎「百年の孤独」の差し入れ、電話をかけてきた友人などアクセスがどっと増えたという。砂川さんはそれから介護をするにも余裕が生まれ、〈一番変化したのは僕自身〉と著書にも記している。マネジャーや身の回りの世話をするお手伝いの女性にも頼ることが増えていった過程もしっかりと記録していた。仮に、砂川さんが介護をやり遂げ、妻を見送った側になったとしても、おそらくつないできたネットワークの力により孤立を回避しながら喪の時を過ごすことができただろうと想像する。

 2つ目は、介護されていた側が遺された場合、その介護を引き継ぐ人との新たな介護関係が孕(はら)むリスクだ。砂川・大山夫婦には、死産など悲しい歴史があり残念ながら子供がいなかったわけだが、核家族で遠方に子供がいる夫婦の場合、老老介護で持ちこたえていた夫(妻)の一方がいなくなり、取り残された「介護をされる側」の引き取り先が子の世帯ということもある。子の側は親と暮らすこと自体に慣れておらず、介護にも不慣れ。その上、晩婚化でまだまだ子育て中というケースもある。介護と子育てとの板挟みで悩む、いわゆる「ダブルケア」状態である。