村野将(岡崎研究所研究員)

 2017年7月、北朝鮮は4日と28日に相次いで新型の移動式大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」の発射実験を実施した。発射は通常よりも高い放物線を描くロフテッド軌道で行われたものの、その高度はそれぞれ2500キロ、3500キロ以上にまで達し、通常弾道軌道に換算すると1万キロ近い飛行が可能であることが明らかとなった。これは平壌から約1万1000キロ離れたワシントンDCを目前に捉える距離である。そして9月3日には、6度目となる核実験に踏み切り、ICBM搭載用の水爆実験に完全に成功したと宣言した。
北朝鮮の労働新聞が7月29日掲載した、「火星14」発射の命令書にサインする金正恩朝鮮労働党委員長の写真(共同)
北朝鮮の労働新聞が7月29日掲載した、「火星14」発射の命令書にサインする金正恩朝鮮労働党委員長の写真(共同)
 既に米国防情報局(DIA)は、2018年内にも北朝鮮が核搭載可能なICBMを実戦配備すると見積もっているといわれ、米国内では「非核化のための努力はもはや時間切れであり、北朝鮮の核保有を認めざるをえない」との声も聞かれる。その一方で、北朝鮮のICBMは米国にとっての「ゲーム・チェンジャー」であり、日韓への紛争拡大リスクを負ってでも、先制的な軍事行動に出るとの見方も根強い。対外政策決定論の名著『決定の本質』で知られるハーバード大学のグレアム・アリソン教授は、こうした緊迫した政策のやり取りを「キューバ危機をスローモーションで見ているようだ」と表現している。

 だが、ここで言う「北朝鮮の核保有を認める」とは何を意味するのだろうか。そもそも、米本土に到達する北朝鮮のICBMは日本にどのような影響をもたらすのだろうか。ここでその意味を一度冷静に、客観的事実に基づいて考えてみよう。

 昨今の北朝鮮による長距離ミサイル実験に際しては「日本は既に多くの中距離ミサイルの射程内に置かれてきたのだから、北朝鮮が米国向けのミサイルを開発したところで今更大騒ぎする必要はない」との意見が散見される。この指摘は半分正しく、半分間違っている。確かに、北朝鮮は1990年代前半から射程1300キロ程度とされる準中距離弾道ミサイル(MRBM)「ノドン」の実戦配備を開始しており、現在では約200基(移動発射台の数は50両以下)のノドンが日本を射程に収めている。これに核弾頭を搭載できるかどうかについてはさまざまな評価があるが、既に2015年版の防衛白書が「核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も排除できず…」との表現を用いていることからすると、少なくとも防衛省は北朝鮮の核ミサイルを念頭に防衛政策を組み立てていると考えるのが自然であろう。

 他方で、米国を標的とする長距離ミサイルは日本の安全保障にとって無関係なわけではない。むしろ、日本にとって米本土の安全は、米国から提供される「核の傘」を含む拡大抑止の信頼性と密接に関係している。冷戦期にソ連と対峙(たいじ)していた米国が「パリを守るために、ニューヨークを犠牲にする覚悟があるか」というジレンマに直面したのと同じように、北朝鮮が非脆弱なICBMを保有した場合、米国の大統領は「東京を守るために、サンフランシスコを犠牲する覚悟があるか」という状況を前に、アジア地域への介入や日韓が攻撃を受けた場合の報復を躊躇(ちゅうちょ)する恐れがある。したがって、米本土の安全を高めておくことは、拡大抑止の信頼性を維持しておくためにも決定的に重要なのである。

 極東から米本土に向けて発射されるICBMの最短飛行経路は、日本のはるか北からアラスカに向かうコースをたどるため、現在の技術ではこれを日本周辺から迎撃することはできない。だが既に米本土は、アラスカ州のフォートグリーリー基地とカリフォルニア州のバンデンバーグ基地に配備されている地上配備型迎撃システム(GMD)・迎撃ミサイル(GBI)と、一部の高高度防衛ミサイル(THAAD)によって守られている。GBIは5月30日にICBMを想定した迎撃実験に成功しており、2017年末までに44基の配備を完了する予定である。そのため、北朝鮮が数発の限定的なICBM能力を獲得した程度では、米本土のミサイル防衛網を突破することは容易ではなく、「ゲーム・チェンジャー」にはなり得ない。

 しかし将来的に、火星14、もしくはより残存性・即応性の高い移動式ICBMが量産化され、実戦配備に移行した場合には、北朝鮮が一定の対米抑止力を確立し、名実ともに「ゲーム・チェンジャー」となる可能性も否定できないのだ。この段階に至っても、北朝鮮の核・ミサイル能力は、冷戦期の米ソのような相互確証破壊を達成するには遠く及ばない。しかしながら、それが米国の主要都市を1つでも確実に攻撃できるとすれば、米国は「巻き込まれる」ことを恐れて日本の防衛を諦め、われわれは「見捨てられて」しまうのではないかという「同盟の切り離し(デカップリング)」を引き起こしてしまう恐れがある。

 さらに言えば、北朝鮮がICBMによって米国からの報復を抑止できるとの自信を背景に、制裁解除や経済援助、在韓米軍の撤退、あるいは朝鮮半島有事における在日米軍の来援阻止といった要求をのませるため、核を用いた恫喝(どうかつ)に及ぶことも考えられる。この恫喝相手は何も米国である必要はない。むしろ、在韓米軍の撤退や有事における在日米軍の支援を諦めさせたいのなら、今度は日本や韓国を核やミサイルで脅し「米軍のせいで、われわれが巻き込まれる」という国内世論の不安をかき立てることで、日米韓をデカップリング(非連動)させようという計算が働く可能性は十分考えられる。

 すなわち、われわれは「米国が同盟国に巻き込まれることを恐れ、核の傘の提供を躊躇すること」への対処だけではなく、「日本が米韓に巻き込まれることを恐れ、朝鮮半島で生じる事態への支援を躊躇すること」への懸念に対しても同時に向き合わなければならない「二重のデカップリング」の問題に直面しているのである。