さて、ここで「北朝鮮の核容認」論とは何を意味するかという論点に立ち返ってみよう。米国で議論されつつある「核容認」論とは、何も北朝鮮を核拡散防止条約(NPT)の米露英仏中5カ国と同等の核保有国として認めるという話ではない。現在議論されているのは、北朝鮮が核ICBMを保有していることを前提に、それを使わせないよう抑止しつつ、状況改善のための交渉をするかどうかという点だ。

 一方、これに反対する立場は、北朝鮮の核を前提としての交渉が、核の脅しに屈し、米国が交渉の場に引きずり出されたことになるため到底容認できないし、また金正恩朝鮮労働党委員長を伝統的な方法で抑止し続けられる保証もないというものである。そして経済制裁などの圧力の効果がなければ、究極的には軍事行動による強制武装解除も辞さない構えをとる。前者はゲーツ元国防長官やスーザン・ライス元国家安全保障担当大統領補佐官の立場、後者は現政権のマクマスター国家安全保障担当補佐官らの立場である。

 つまり第一の問いは、これから長期にわたって北朝鮮の核と共存し、それを抑止し続けることのリスクと、短期決戦の軍事行動に伴うリスクのどちらを取るかという問題とも言い換えられる。ただ、この判断は極めて難しい。ライス氏が言うように、米国はこれまでにもソ連や中国のICBMと共存し、その使用を抑止し続けてきた。われわれもまた同様に、この十数年を多数のノドンを有する北朝鮮と向き合ってきた。

 しかし、時間はわれわれに味方していない場合もある。「第1次朝鮮半島核危機」と呼ばれた1994年にも、寧辺の核施設に対する先制攻撃が検討されたが、大規模な被害が及ぶことを懸念した韓国政府の意向などをくみ、結局攻撃は行われなかった。だがそれから25年近くが経過した現在の戦略環境は、核・ミサイル脅威が顕在化したことによって劇的に悪化している。どのみち一定の被害は避けられないのならば、軍事行動は状況がさらに悪化する前-すなわち、北朝鮮がICBMの量産・配備に入る前でなければならないのかもしれない。

 時間が状況を悪化させるとすれば、その緩和のためにも、ひとまず何らかの交渉が必要という考えはどうだろう。例えば、ゲーツ氏は「まずは北の体制は保障する。その上で核を放棄させることはできなくても、ICBM開発と実験を停止させ、ミサイルの射程を短いものに制限することは可能かもしれない」と述べている。

 だが、日本はこの提案に乗るべきではない。既に北朝鮮はロフテッド軌道ではあるが、2度のICBM実験を行っている。もちろんミサイルと再突入体の完成度を高めるなら、通常弾道軌道によるフルレンジ(全射程)の実射実験をするのが望ましいが、それがなくともICBMは技術的にほぼ完成していると見るべきだろう。よって、今更実験を凍結することはさしたる意味を持たない。またミサイル実験を停止しても、「人工衛星打ち上げのロケット発射」などと言って、新型のエンジンテストなどをしてくる可能性もある。

 ミサイルの射程制限については二つの問題がある。第一に、既にマティス国防長官やティラーソン国務長官は、北朝鮮を体制転換する意図がないことを繰り返し明言している。その判断が政策的に正しいかどうかはさておき、米国の長官級が体制を保障するとしているにもかかわらず、金委員長が核・ICBM実験を続けてさせているのは、言葉による体制保障を信用していないからだろう。そうであれば、物理的抑止力=体制保障の証しとしてのICBMを手放すことは考えにくい。
米中両政府の「外交・安全保障対話」に先立ち、中国側と面会した米国のティラーソン国務長官(左端)とマティス国防長官(左から2人目)=6月21日、ワシントン(ロイター=共同)
米中両政府の「外交・安全保障対話」に先立ち、中国側と面会した米国のティラーソン国務長官(左端)とマティス国防長官(左から2人目)=6月21日、ワシントン(ロイター=共同)
 もう一つの問題は、対米ICBMを制限しても、日本の安全保障環境は核付きのノドンによって一方的に悪化したまま、状況が固定化されることである。もちろん、日本はノドンを自力で相殺(オフセット)する手段を持っていない。

 それならば、冷戦を戦い抜いた先人たちの知恵を借りてみるのはどうだろうか。1970年代、「SS-20」に代表されるソ連の中距離核戦力(INF)が欧州に配備されたとき、西ドイツのシュミット首相は、「米国はハンブルクを守るためにニューヨークを犠牲にする覚悟がない」としてデカップリングの危険を訴えた。米=北大西洋条約機構(NATO)はこの問題を解消すべく、欧州に米国のINF(「パーシングII」と地上配備型核巡航ミサイル)を配備することによって、西独を含むNATO諸国への拡大抑止を再保証しつつ、ソ連を核軍縮・軍備管理交渉のテーブルに着かせるための圧力をかけるという「二重決定」方針を導入した。これにより、1987年には米ソ間で射程500~5500キロの地上発射型ミサイルシステムを全廃するというINF条約が締結されたのである。

 米国の核持ち込みによって同盟国とのデカップリングを防ぎ、相手が持つ同等の核兵器をオフセットするという発想は、NATO型の核共有(nuclear sharing)にも当てはまる。核共有とは、NATO加盟国の一部に米国が管理する戦術核を平時から前方配備しておき、危機・有事が発生した場合には事前に策定した共同作戦計画に基づいて、米国が戦術核を供与、同盟国の核・非核両用機(DCA)がそれを搭載して核攻撃を行うというメカニズムである。米=NATO間では現在でも、200発程度とされる戦術核の配備と、その協議枠組みとしての核計画部会が継続されている。

 折しも、自民党の石破茂元地方創生担当相は、非核三原則のうち「持ち込ませず」を緩和し、米国による核持ち込みの意義を検討すべきとの提案をしている他、最近ではメディアなどでも核共有の必要性を主張する声も聞かれるようになっている。

 では、米国による核持ち込みやNATO型の核共有モデルをいまの日本に適用させた場合、地域の拡大抑止構造にどのような影響を与えるかを検討してみたい。