小笠原誠治(コラムニスト)

 安倍総理が9月25日に衆議院解散の意向を表明すると報じられている。ただし、解散の理由はまだ分からない。新聞によっては、消費増税の使い途についての変更の是非を問えばいいなどと提案しているところもあるが、総理が実際何と言うかは分からない。

 ただ、国民の中からは、今なぜ解散する必要があるのかという声が挙がっているのも事実だ。そして、そのような批判に対しては、解散の大義名分は後で付けるとして、今なら与党が勝つチャンスがあるから総理は解散を選択したのだという説が有力である。

 森友・加計疑惑に加えて魔の2回生のスキャンダル問題もあり、下がり続けていた内閣の支持率が、北朝鮮のミサイル発射、民進党の山尾志桜里議員の不倫疑惑に民進党議員の離党騒ぎなどもあり、支持率が回復しているからだ。

 ということで、安倍総理が25日に衆議院解散の理由についてどのような説明をしようとも、事実は単なる党利党略で行うものであり、全く大義がない解散だという受け止め方が多い。

 事実、私自身もそのように考える。というよりも、仮に選挙で与党が勝利を収めれば、安倍総理の禊(みそぎ)は済んだということで、森友・加計疑惑を完全に過去のものにすることを狙ってのことだと考える。これはなんと姑息(こそく)な手段ではないか。だから、安倍政権を支持しない国民サイドからは、そのような批判が起こるのは当然と言えば当然だ。
報道陣に向かって一万円の札束を見せる籠池泰典氏=7月1日、JR秋葉原駅前(古厩正樹撮影)
報道陣に向かって一万円の札束を見せる籠池泰典氏=7月1日、JR秋葉原駅前(古厩正樹撮影)
 ただし、そのような批判が野党からなされることには疑問を禁じ得ない。いや、それが安倍政権のイメージダウンを狙った作戦であるのならば良い悪いは別にして理解できなくもないが、本気で「大義なき解散」などと批判するのは理解に苦しむ。

 確かに大義はない。しかし、大義はないものの、野党の議員は総理の辞職や国会の解散を自分たちが求めていたではないのか。

 憲法69条は次のように書かれている。「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」

 今年6月15日、民進、共産、自由、社会の野党4党は、衆議院本会議において共同で安倍内閣の不信任決議案を提出した。採決の結果、反対多数で否決されたので憲法69条の規定に基づき解散するということはないのだが、仮にその不信任決議案が可決されたときには、どのようなことになったのか。

 まさに憲法69条の規定に従って衆議院が解散されるか、内閣が総辞職するかの二つに一つ。普通は、内閣が総辞職を選択することはないので、そうなれば衆議院が解散されるわけである。つまり、野党は国会の解散をある意味求めていたとも言えるのだ。それなのに、いざ本当に衆議院が解散されるとなると、大義がないなどと批判する。

 国民が、大義がないと批判するのは当然であっても、いや国民であっても安倍内閣の総辞職や衆議院の解散を望んでいたのであれば、何を今さら大義なんてことを言い出すのか、と言いたい。